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四川大地震について

如何(いか)なる政府・権力者といえども、天災ばかりは致し方がない。

今回の大地震について彼此(かれこれ)百万言を費やしても、以前の形に戻ったり、死者が浮かばれる訳ではない。

国威発揚の絶好の機会である北京五輪の前に、かかる災害が鉄槌(てっつい)の如(ごと)く下されるとは、共産党にとっては不運としか言い様がない。

日台をはじめ各国の救援隊が最善を尽くし、活躍することを遥かに祈る而已(のみ)。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-17 19:57 | Comments(0)  

チベットと香港、そして台湾について-5

如何(いか)なる国民も経済的な上昇志向を持ち合わせており、経済の頭打ちを打開する政策を政治に求めるのは当然のことである。

国民党が台湾住民の要求を上手に捌(さば)くことが出来るのか、その手腕に期待するしかない。

そして、経済・物質と精神の兼ね合いをコントロール出来るのか、観察したいと思う。

国民党の試行錯誤の中で、大陸側が如何に動き、台湾住民が如何なる態度を示すのか、それぞれ一定の行動に表れる迄、台湾問題は「現状維持」の侭(まま)で推移するものと考えている。 (此項畢)

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-15 20:33 | Comments(0)  

チベットと香港、そして台湾について-4

ところで、企業間で再編がある場合は、大が小を呑み、吸収された企業の側の従業員は不利な立場になるのが常である。

国家・紛争地域間の場合は、その立場は一層明確となる。

「一国両制」のスローガンのひびきは良いが、経済面を保証されても、気が休まることはないであろう。

精神と物質と、いずれを上にするかは台湾人の意志によるほかはない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-14 20:21 | Comments(0)  

チベットと香港、そして台湾について-3

台湾人にとって「以日本為鑑」(日本を以て鑑と為す)とするものがあるとすれば、それは精神面における、戦前日本に対する微(かす)かな記憶と漠然とした憧憬だけであろう。

勿論戦後日本のシステムの中には取って範とすべきものがあるのかも知れないが、現在進行形のものについては、特別な思いは埋もれていると思う。

台湾と日本を同類として結び付けるものは精神しかない。

併(しか)し乍(なが)ら、精神というものは把握し難(がた)く、宗教におけるが如く、それを説くことは往々にして綺麗事に終わってしまう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-13 20:14 | Comments(0)  

チベットと香港、そして台湾について-2

チベット・香港と台湾との違いは前者が事実上大陸と地続きであり、英国の影響下にあったのに対し、後者が台湾海峡という障害物があり、日本統治後は大陸の亜流政権下にあったことである。

台湾は台湾海峡という障害物を除けば、言語・風俗共に、大陸政権の下に容易に同化され得る条件が確かに揃っている。

不思議なことに、台湾には精神面で戦前の日本の美風が今尚残っており、日本人としては「以台湾為鑑」(台湾を以て鑑と為す)、襟(えり)を正して反省すべきものがある。

大陸の言う「以史為鑑」(歴史を以て鑑と為す)の「史」は従来自らに都合の良いものであるが、他国が納得する客観的な観点からの「史」でなければ、国際的に通用せず、国際的に通用しないものは、早晩必ず淘汰される。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-12 20:33 | Comments(0)  

特攻隊員祈念碑について

朝日新聞に、「朝鮮人特攻隊員の祈念碑撤去へ、親日に韓国で反発」という見出しの記事があった。

特攻隊員の祈念碑を顕彰目的と邪推されても、その国民性を考えれば致し方ない。

良かれと思ってしたことが反発を招くことがあるのは、小生も経験上知っている。

韓国人には余計なお節介も、同情・親切心も不要である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-11 20:27 | Comments(0)  

チベットと香港、そして台湾-1

3月のチベット自治区を皮切りに、青海・四川・甘粛・雲南各省のチベット人居住地区で次々とチベット人が蹶起。ロンドンやパリ、長野等、五輪聖火リレーの通過地でも親チベットの個人や団体と、在留支那人学生の小競り合いが起きた事等、未だに何かと目を離せないのが、チベット問題です。

きちんと「歴史」を学んだ人間から見れば、チベットが支那人の侵略により無理矢理「中国」に占領・併合されたのは自明の理なのですが、その姿は明日の日本であり、明日の台湾でもあります。

「同じ民族」(中華民族)、「同じ言語」(北京語)等と言って一体感に浸りたいのは分からないでもありませんが、実社会でも血の近い親類縁者より、全くのあかの他人だが親類以上に親しく、又、親身になってくれる、そう言う人はごまんといます。要は「血」では無いのです。「両岸統一」と言えば聞こえは良いですが、要は「中国」による台湾の併呑でしか無い訳です。

独立主権は元より自治権すら剥奪されたチベットが末路だとすれば、台湾は既に片足を棺桶に突っ込んでいるが如き状態と言えます。香港を見てみる事です。「一国両制」と言いつつ、「中国」は今現在も少しずつ、香港の自治を骨抜きにしています。それと同じで、台湾も「一国両制」を受け容(い)れたとしても、その効果は一時的なものでしか無く、孰(いず)れは名ばかりの自治権の下(もと)、チベットと同じ末路を辿(たど)るであろう事は目に見えています。

日本は当然の事ですが、台湾が現システムを骨抜きにされ、気が付いた時、「中華人民共和国台湾自治区」等になっていないよう、老婆心乍らも台湾公民にご忠告申し上げたい。決して警戒を怠るな!!と。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

by ayanokouji3 | 2008-05-10 22:45 | Comments(0)  

阿川弘之『大人の見識』について

去る2月台北行の際、劉大人に進呈した阿川弘之著『大人の見識』(新潮新書)をあらためて読んでみた。

文化勲章受賞者でもあり、「文化」の馥郁(ふくいく)たる香りと手厳しい人物月旦には恐れ入るばかりである。

英国賛美の「ネイビイズム」の鼓吹は致し方ないとしても、狩野直喜氏の「今日の陸軍の政治的独断と横暴は全てこれ宋学の余弊」という話を紹介しているあたりは、文化人としての良心を感ずる。

自ら謙遜して言う「老文士の個人的懐古談」としておくには勿体ない書であり、40代半ば以降の諸君には是非一読を勧めたい。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-10 20:08 | Comments(0)  

連休の過ごし方について

今年の連休は概ね好天で、無恙終わった。

現役を引退して10年ともなると、高齢者としての生き方に関する一定の持論が確立する。

心身の健康は所与のものとして、親戚・朋友との交際は不即不離、芸術・宗教は少しかじる程度で、全て寡欲に徹することである。

連休の過ごし方は、遠出せず、近場の探訪に止め、害のない読書に親しむことを良策とする。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-09 21:26 | Comments(0)  

新聞縮刷版について

最近、明治・大正・昭和初期の新聞の縮刷版を図書館で閲覧することに凝っている。

具体的な人事異動・叙位叙勲・訃報等を探すのだが、対象外の人のことが判明したり、当時の世相に触れたり、副次的な収穫がある。

政治体制・経済状況は大いに異なるが、所詮は同じ人間社会のことであり、今の時代と共通する面が多々ある。

最近の国内政治状況は直視するに堪えぬが、足の引っ張り合いはいつものことであり、憂慮するに当たらない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-05-05 20:05 | Comments(0)