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聖書の言葉について

 台湾には熱心な基督(キリスト)教信者が多いことを知っている。小生自身は信者ではないが、母方の祖先が17世紀初に小藩の宗門奉行(しゅうもんぶぎょう)として切支丹(キリシタン)弾圧の先棒(さきぼう)を振ったことから、若い頃から聖書には関心を抱いて来た。

 他方、日本同様、台湾にも福祉主義が浸透しつつあると聞く。基督教の神と福祉の神は同一の存在に見えることがある。そこで、福祉の観点から聖書の言葉の解釈を自分なりに試みた。日本人よりも台湾の方々に読んでいただければ有難(ありがた)い。

(聖書の言葉-福祉の観点からの解釈)

  • 請ふ者に与へ借らんとする者を拒むな。真に福祉・援助を必要としたり、暫時借金・借用を熱望する人を拒否してはならない。もし、それらに理由がなく偽りであれば、罪作りとなり面倒なことにもなる。

  • カイザルの物はカイザルに神の物は神に免除措置がない限り、公租公課等、納付すべきものは速やかに納付すべきであり、また、自分の所属する団体に会費を納め、寄付も行うのは当然のことである。

  • 天は自ら助くる者を助く。天とは実在する主宰・援助者ではなく、己自身である。何事も努力することなく得られるものは少ない。時に「棚からボタモチ」の幸運もあるが、長続きはしない。

  • 医者を必要とするは病人なり、われは義人を招くに非ずして罪人を招かんがため来たれるなり。福祉の前では万人が平等であり、病人・障害者・前科者の別を問わない。程度が悪ければ悪い程、救済の道が広がっている。一般の人は関与せず見守るのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-08-13 12:19 | Comments(0)  

戦争の評価について

 先日、当該業界では最大手のメーカーの事業所の見学会に参加した際、写真・映像・漫画を駆使した会社紹介ビデオを見た。明治10年代の創業で、国策に従って事業を展開、国と盛衰を共にして来た経緯が良く判った。

 日清以来の一連の戦争の場面はあっても、評価は一切なく、淡々としたものであった。また、1937年7月に始まった戦争のことは文字にせず、単に音声で「日華事変」と表現し、支那事変、日支事変、日中戦争としていなかったところに製作上の意図を感じた。

 先の戦争に関しては事ある毎に、総括が終わっていない、真実の解明がなされていないなどと声高に言う識者もいるが、思うに、昭和30年代迄には議論は出し尽くされていたのではないか、それ以降の議論は能書・後講釈に過ぎず、国内外で不毛な議論が繰返されたのではないか。

 余計なものが捨象され、後先のことが見えるような年齢となった今、そのように考えることしきりである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-07-28 20:38 | Comments(0)  

中台統一について

 7月14日の東京新聞朝刊に、13日に習近平氏が連戦氏と会談した記事が載っていた。

 連戦氏は「朝鮮半島情勢の好転を引き合いに、中台関係の手詰まり状態を指摘した」とある。

 中国という大国の懐の深さを示すには、台湾の呼称が「中国台湾省」であれ「チャイニーズタイペイ」であれ、台湾という実質的な独立国家を認めて良い頃合と思われる。

 それこそが中国の内政の安定と国際的威信の確立を内外に示すものである。「終身」国家主席の習近平氏の任期中に実現することを期待する。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-07-15 21:36 | Comments(4)  

日朝関係について

 お互いに「百年河清を俟(ま)つ」ことの出来ない米朝首脳会談の「余韻」が収まり、当面の危機はないが、融和も見込めないという、日朝関係の日常に戻った感がある。

 日中関係の南方版たる台湾問題に対応する北方版が日朝関係であり、飯島勲氏が意欲を示す交渉人(週刊文春6月14日号)を立てたとしても、後見人の中国のみならず他国からも足を引っ張られ、「やらずぶったくり」の憂(う)き目に遭ったりして、事がうまく運ぶ保証はない。

 それよりも、安倍首相の任期を3年延長、2021年迄といった短期とせず、拉致問題を含め、全ての懸案を処理・解決するための「終身」の首相とする旨を北朝鮮側に確約する方が余程(よほど)効果的である。

 或(ある)いは、若干の交渉チャンネルのみ残し、只管(ひたすら)現状維持、無為無策のまま、危機が沸騰点に達する迄、様子見を続けるという手もある。日中関係が主で、日朝関係は従であることを日本人は呉々(くれぐれ)も忘れてはならない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-06-29 04:38 | Comments(0)  

日台交流について(台北在住李叔徳氏への返信に代えて)

 古い世代が次々と亡くなり、日台の絆が稀薄・表面的になりつつあった頃、乃南アサ「六月の雪」の創作の契機となったと作者が認める東日本大震災が絆を思い出させ、蘇らせることとなった。

 去る4月、李叔徳氏は京阪神のほか、「播州赤穂浪士所在地兵庫県」を巡ったという。台湾人たる彼が、現代日本人の心理の分析の一助ともなるという忠臣蔵の故事について如何なる感想を抱いたのかは、今更尋ねる迄もない。

 上記作者によれば、「日本人と台湾人は、生活習慣も感性も、似ているようで全然似ていない」が、「私たちは通じるところもあるんだと思ったんです」という(週刊文春6月14日号)。

 根本的な深層において、加害者・被害者共に実は朝鮮系という、コリアンワールド内の怨念に満ちた状況に振回されて来た過去を深く反省し、共通点の方が多い日台が未来のために何が出来るかを共に考える時機が正に到来したと言えよう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-06-14 13:48 | Comments(0)  

中台の「政冷経冷」について

 5月21日の日経新聞朝刊に、中台「政冷経冷」長期化へ、という見出しの記事があった。

 日中間にも嘗(かつ)て「政冷経熱」と言われた頃があった。政治と経済とは基本的には相関・比例関係にあり、「政冷経冷」の状況が普通である。

 問題はその状況が長期化するか否(いな)かであるが、今のところ、中国による台湾工作は「笛吹けど踊らず」、民意は親中にあらざるが如し。

 過去の経緯を踏まえれば、台湾にとって「政冷経冷」は不都合な選択肢ではない。蔡政権に対する評価は後日高まる筈である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-05-28 13:36 | Comments(0)  

御真影を拝して

 一年後に平成の御世(みよ)が終わりとなる今、明治天皇・昭憲皇太后の御聖徳・御偉業を偲(しの)び奉り、日本国の国運の発展に聊(いささ)かなりとも寄与せんことを誓い、生甲斐(いきがい)のある一生を送らんとすることこそ日本人のつとめである。

 一部の日本人の父祖には、戦国時代から領主に従い内戦に、また、豊臣の世に朝鮮出兵、切支丹(キリシタン)討伐、徳川の世では島原の乱平定に参加した者がいる。

 主が旧藩主から天皇に代わった明治の御世からは陸海軍にて外戦に参加、国力の拡張に貢献したのである。台湾・韓国・満州に駐勤した父祖の事蹟を思う時、万感胸に迫るものがある。

 最後の大東亜戦争の齎(もたら)した結果には様々な意味があった。後裔(こうえい)としては、日本人としての誇りを保たねばならない。高齢となり、そのように考えるようになった。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-05-14 13:40 | Comments(8)  

台湾の役割について

 国際政治ショーとしての南北首脳会談が実現、当面は偶発戦争が遠のいたかに見える。中国の存在感が増しているのは言う迄もない。

 先般の中朝首脳会談が早期に実現したのは台湾問題が理由であるとする見方もあるが、中国にとっての比重は台湾問題の方が朝鮮半島問題よりも大きいのかも知れない。

 日本としては国際社会の目先の動きに振り回されず、先走りせず、じっくりと構えていれば良い。小生は手堅い日本外交に大いに期待するものである。

 国際社会の中でうまく立ち回り、不安定な構図を生み出さないよう、中国を牽制するという台湾の役割は極めて重要であり、何事もなければ引続き評価されることだろう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-04-29 08:24 | Comments(0)  

女性の活躍について

 女性が総統の台湾では総統府秘書長に女性を起用することとなったという。良いことである。

 以前は活躍する女性と言えば、何かと情緒不安定でヒステリー気味の近視眼的な人という印象があった。今は活躍の場が広がって来ており、一概にそのように言えなくなった。

 小生もこの歳になって恥ずかし乍(なが)ら、女性週刊誌を読むようにしたところ、読者に配慮した観点・表現に鋭さがあり、中々面白く感じている。

 活躍する女性に望むのは、男達を凌ぐ勢いで仕事をこなすのではなく、無理をせず、大局を見据えた悠々たる態度で物事に処してほしいということである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-04-14 16:25 | Comments(0)  

森友問題の追及について

 大小を問わず問題を適宜捌(さば)き得ることに保守的な政治家や官僚の真価が発揮されるのであるから、野党が彼等が問題を矮小(わいしょう)化することを以て大問題だとし、大騒ぎし、追求の手を緩(ゆる)めないことにも一定の自制があって然(しか)るべきである。

 再び脚光を浴びつつある森友問題を、米国人風に論評するならば、良いニュースは健全な「民主主義」が試されつつあることであり、悪いニュースは山積する問題が先送りになりつつあることである。

 保守的な政治家や官僚の本領が事勿(ことなか)れ主義であるのは致し方ないことで、国民は蚊帳(かや)の外とし、森友問題の落着を奈辺にするかは当事者同士で決めれば良い。

 森友問題の追及が許される限り、日本は「内憂外患交々至る」状況ではないことだけは確かである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-03-28 09:50 | Comments(1)