カテゴリ:未分類( 1990 )

 

飯島勲氏の連載記事について

 文春砲の「週刊文春」の飯島勲氏の「インテリジェンス」には毎週興味ある内容が書かれている。

 人間誰しも「他人の不幸は蜜の味」で、悪いことには関心を寄せるが、良いことには無頓着となる場合が多い。

 飯島氏の主張としては、外に現われない様々な人の苦労・努力を理解してほしいということである。

 暗い話ばかりの政治・外交・経済分野の懸案の裏に明るい面もあるのを知ることを毎号楽しみにしている。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-11-14 20:03 | Comments(0)  

台湾の国連加盟について

 昨今は欧米・中東の存在感が目立つ一方、北朝鮮問題の脅威が強調されなくなっ中で、台湾関係の報道が取り上げられるようになって来た。

 他国との間では、米国の台湾向け武器輸出、バチカンへの台湾特使派遣、日本との関係では、元台湾少年工と日本の交流団体による座間での石碑建立除幕式があり、台湾での日本製列車脱線事故も大きく取り上げられた。

 これらを受けてか、大前研一氏のメールマガジンの最新号には、台湾は国連加盟のために、経済苦境に喘ぐ「ナウル」国を買収すべきだとする持論が記されている。

 大前氏の考える奇策の可否は別にして、国家としての体裁を十分整えている台湾が国連加盟を果たすべきは当然のことであり、日本の国連安保常任理事国への選出よりも重要なことである。アジアの安定のため、世界各国が台湾の存在意義を十分に理解し、重く受け止めて行くことを期待する。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-10-28 17:32 | Comments(0)  

漢文参考書について

 「日本=軍国主義」の洗脳が解かれた中国人が大挙して日本観光に訪れるようになった一方、嘗(かつ)てはその存在感に重みのあった、愛すべき日本の中国大好きおじさん達が年々少なくなりつつあるのがさびしい限りである。

 偶々(たまたま)週刊誌の書評で見た、昭和41年学生社刊の高校漢文の学習参考書で、今般ちくま学芸文庫として復刊となった『精講 漢文』(前野直彬著)を買って読んでみた。

 中国をそれ程好きではない小生も、受験勉強の日々が記憶としてよみがえって来て一遍に若返ったような気がする。まして、中国大好きおじさん達にはたまらない魅力のある参考書であろうことが判った。

 60代の男性であれば、漢文学の妙味に触れることで現代中国の体制の理解と人民への同情につながる筈である。その真の効用とは、日本の高齢社会を乗り切るための智恵−身の丈(たけ)に応じた、謙虚で質素な余生を実践すること−を得ることにある。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-10-14 09:22 | Comments(0)  

「馬三家からの手紙」について

 知人の勧めにより、9月26日17:00に再放送されたNHK BS-1、世界ドキュメンタリー「馬三家からの手紙」(カナダ制作)を見た。26日付の大紀元時報にも関係記事が掲載されていた。

 放送内容としては、

  1. 孫毅という中年の法輪功信者が中国遼寧省の労働矯正施設に入れられた。
  2. 施設では米国向けの発泡スチロール製の髑髏付十字架の商品を作っていた。
  3. 本人は同施設での人権侵害を告発する手紙をひそかに記し、箱の中に入れた。
  4. 商品を購入した米国在住の女性が見つけ、欧米のマスコミが取り上げた。
  5. 家族の依頼で中国の人権派弁護士が動き、釈放された後も迫害は続いた。
  6. ジャカルタで亡命申請中に女性が来訪して、種々話をすることが出来た。
  7. 中国公安関係者より接触があった後、不審死を遂げたという字幕説明あり。

というものであった。

 人権問題は単純な是非論で片付けられないところに難しさと奥深さがある。本人が生死一如の心境になっていたこと、また、米国人女性の宗教心と行動力にも深い感銘を受けた。

 漠然とした不安と辛さから、一部の中国人には宗教依存の度が増しつつあるという事実を日本人として憂慮すると共に、苦行・苦役なき人生を送ってほしいと切に願うのみである。

(追記)小生は1981年に半年間、労働矯正施設の近くの大学で中国語の短期研修に参加し、1990年代前半にはジャカルタに毎月出張していた。そうした地域の記憶は鮮明に残っている。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-09-28 10:08 | Comments(0)  

「公家たちの幕末維新」について

 刑部芳則(おさかべよしのり)著『公家たちの幕末維新』(中公新書)を読んだ。公侯伯子男の爵位による華族制度がなくなってから70余年の平成の今、旧藩主の後裔はまだしも、公家の後裔(こうえい)に至っては確かに存在感が希薄である。

 本書を読み、維新の大業が多くの公家達の権謀術数を含む「活躍」なくしては成し遂げられなかったであろうことを理解する共に、維新に関する最終的論功行賞としての叙爵の際、爵位に不満を抱く公家(くげ)達がいたことを知った。

 ところで小生は、平戸藩の観点から、三条実美(さねとみ;子爵となる筈の平戸藩主松浦詮(あきら)が伯爵となるための口添(くちぞ)えを行う)および中山忠能(ただやす;夫人が松浦詮の曽祖父静山の十二女)に以前より着目して来た。

 本書には、本来、子爵となるべき中山忠能が「国家に偉勲ある者」とされ侯爵になった一方、伯爵にとどまった上位の家格の嵯峨・中御門(なかみかど)両人が4年後に漸(ようや)く侯爵となったことなどが紹介されており、興味は尽きないが、中山忠能の孫に当たる明治天皇の出自に関する異説についての記載はない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-09-14 13:45 | Comments(0)  

日米朝関係と中国・台湾について

 6月の米朝首脳会談の実現後、朝鮮半島のきな臭さは一旦収まったものの、日米韓共に次の一手が打てずに「手待ちの無駄」という状況が続いている。

 北朝鮮との交渉は譬えるならば、老獪(ろうかい)で試合巧者の監督とのゲームであり、今のままでは日米韓共に太刀(たち)打ち出来ないのではないか。

 北朝鮮を日米と対等な立場で交渉のテーブルにつかせるには、先(ま)ず人民が一定程度豊かになることが先決であるが、これは実現しそうにもない。また、そうなればなったで、別の目標が掲げられる筈(はず)である。

 最近、来日30年の中国人の小事業主と話した。彼は貧富の差が広がった現在の中国よりも物のなかった昔をなつかしく思うことがあるという。中国の台湾への一層の執着心も人民が豊かになりつつあるが故(ゆえ)の引き締めに向けての焦りと思われる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-08-27 17:54 | Comments(0)  

聖書の言葉について

 台湾には熱心な基督(キリスト)教信者が多いことを知っている。小生自身は信者ではないが、母方の祖先が17世紀初に小藩の宗門奉行(しゅうもんぶぎょう)として切支丹(キリシタン)弾圧の先棒(さきぼう)を振ったことから、若い頃から聖書には関心を抱いて来た。

 他方、日本同様、台湾にも福祉主義が浸透しつつあると聞く。基督教の神と福祉の神は同一の存在に見えることがある。そこで、福祉の観点から聖書の言葉の解釈を自分なりに試みた。日本人よりも台湾の方々に読んでいただければ有難(ありがた)い。

(聖書の言葉-福祉の観点からの解釈)

  • 請ふ者に与へ借らんとする者を拒むな。真に福祉・援助を必要としたり、暫時借金・借用を熱望する人を拒否してはならない。もし、それらに理由がなく偽りであれば、罪作りとなり面倒なことにもなる。

  • カイザルの物はカイザルに神の物は神に免除措置がない限り、公租公課等、納付すべきものは速やかに納付すべきであり、また、自分の所属する団体に会費を納め、寄付も行うのは当然のことである。

  • 天は自ら助くる者を助く。天とは実在する主宰・援助者ではなく、己自身である。何事も努力することなく得られるものは少ない。時に「棚からボタモチ」の幸運もあるが、長続きはしない。

  • 医者を必要とするは病人なり、われは義人を招くに非ずして罪人を招かんがため来たれるなり。福祉の前では万人が平等であり、病人・障害者・前科者の別を問わない。程度が悪ければ悪い程、救済の道が広がっている。一般の人は関与せず見守るのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-08-13 12:19 | Comments(0)  

戦争の評価について

 先日、当該業界では最大手のメーカーの事業所の見学会に参加した際、写真・映像・漫画を駆使した会社紹介ビデオを見た。明治10年代の創業で、国策に従って事業を展開、国と盛衰を共にして来た経緯が良く判った。

 日清以来の一連の戦争の場面はあっても、評価は一切なく、淡々としたものであった。また、1937年7月に始まった戦争のことは文字にせず、単に音声で「日華事変」と表現し、支那事変、日支事変、日中戦争としていなかったところに製作上の意図を感じた。

 先の戦争に関しては事ある毎に、総括が終わっていない、真実の解明がなされていないなどと声高に言う識者もいるが、思うに、昭和30年代迄には議論は出し尽くされていたのではないか、それ以降の議論は能書・後講釈に過ぎず、国内外で不毛な議論が繰返されたのではないか。

 余計なものが捨象され、後先のことが見えるような年齢となった今、そのように考えることしきりである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-07-28 20:38 | Comments(0)  

中台統一について

 7月14日の東京新聞朝刊に、13日に習近平氏が連戦氏と会談した記事が載っていた。

 連戦氏は「朝鮮半島情勢の好転を引き合いに、中台関係の手詰まり状態を指摘した」とある。

 中国という大国の懐の深さを示すには、台湾の呼称が「中国台湾省」であれ「チャイニーズタイペイ」であれ、台湾という実質的な独立国家を認めて良い頃合と思われる。

 それこそが中国の内政の安定と国際的威信の確立を内外に示すものである。「終身」国家主席の習近平氏の任期中に実現することを期待する。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-07-15 21:36 | Comments(4)  

日朝関係について

 お互いに「百年河清を俟(ま)つ」ことの出来ない米朝首脳会談の「余韻」が収まり、当面の危機はないが、融和も見込めないという、日朝関係の日常に戻った感がある。

 日中関係の南方版たる台湾問題に対応する北方版が日朝関係であり、飯島勲氏が意欲を示す交渉人(週刊文春6月14日号)を立てたとしても、後見人の中国のみならず他国からも足を引っ張られ、「やらずぶったくり」の憂(う)き目に遭ったりして、事がうまく運ぶ保証はない。

 それよりも、安倍首相の任期を3年延長、2021年迄といった短期とせず、拉致問題を含め、全ての懸案を処理・解決するための「終身」の首相とする旨を北朝鮮側に確約する方が余程(よほど)効果的である。

 或(ある)いは、若干の交渉チャンネルのみ残し、只管(ひたすら)現状維持、無為無策のまま、危機が沸騰点に達する迄、様子見を続けるという手もある。日中関係が主で、日朝関係は従であることを日本人は呉々(くれぐれ)も忘れてはならない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-06-29 04:38 | Comments(0)