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2008年 02月 13日 ( 2 )

 

訪台所感-3

今回得たものは少なからずあったが、台湾人との面談と帰国後のメールのやりとりによって、台湾における小生の祖父や親戚の足跡が、『台湾経世新報』や『台湾日日新報』という当時の新聞に掲載されていたことを知ったことはその一つである。

また、旧知の台湾人とその家族に久闊(きゅうかつ)を叙し、小生自身の人生を顧みて過去の思い出が、月並な表現乍(なが)ら、走馬灯のように駆け巡った。

退嬰的日本人と思われるかも知れないが、台湾とは己を過去に誘(いざな)う触媒の役割を果たす地かとも思う。

更に一個人としての追憶にとどまらず、台湾人より渡された日本統治時代の歴史研究論文を読み、台北の地にて深夜長太息し、涙を拭(ぬぐ)ったことであった。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-02-13 21:42 | Comments(0)  

竹下台北訪問記-3

訪台二日目の2月7日(台湾に於ける元日)は、朝から生憎(あいにく)の雨模様。

午前中は台湾茶の産地・木柵(ムーツァー)に近い市南部に住む劉大人の自宅を、古川さん、靖国英雄氏と共に訪問。終戦当時、20歳で、その後、警察官を勤めたと言う劉大人は、つい一週間程前に手術を受けたと聞いていたので、長居(ながい)は体に障(さわ)ると思い、軽い挨拶程度でお暇(いとま)する積もりでしたが、はるばる日本から訪ねて来た客人と言う事で、ついつい話に花が咲き、出された台湾果実(フルーツ)を肴(さかな)に昼過ぎ迄、談笑しました。

日本統治下で「日本人」として青春時代を送り、戦後は「台湾人」として過ごしてきた劉大人は、流暢な日本語で自らを「日本国に捨てられた日本国民」と表現したのが、私にとって強く印象に残りました。又、戦前の日本語の軍歌のテープを引っ張り出してきて自ら口ずさむその姿には、大陸の支那人や外省人に見られる様な「反日」感情等微塵も感じられず、寧(むし)ろ、自らを見捨てた(日本国籍から強制的に離脱させられた)日本を未(いま)だに愛し、逆に、二・二八事件とその後の白色テロで内省人を弾圧してきた国民党や外省人に対する強い怨嗟の言葉が聞かれました。
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午後は、天気さえ良ければ、台北市立動物園の傍(そば)から出ている猫空(マオコン)空中纜車(上写真)に乗り、台湾道教の本山として人々の尊崇を集める木柵指南宮(ズーナンコン)を訪れようと思っていたのですが、相変わらずの空模様。指南宮に足が生(は)えて何処(いずこ)かへ行ってしまう訳でもあるまいし、又の機会(再訪台)に足を運ぶ事として、取り敢えず、市内へと戻る事にしました。 (続く)

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

by ayanokouji3 | 2008-02-13 21:22 | Comments(0)