2005年 06月 11日 ( 1 )

 

自虐史観を斬る(慰安婦問題-1)

慰安婦問題について、今となっては話題になることも少なくなったが、過去の記憶を呼び戻してみたい。

慰安婦のテーマは、戦争の一側面を表わしている。人間の生理的・心理的欲求に関わり、古(いにし)えより存在するものであるが、これを一大問題として大上段に振りかざして論議するに価(あたい)するものなのか、というのがここに取り上げる理由である。

慰安婦問題を扱った一部資料に引用されており、また少しでも漢学に興味のある人なら誰でも知っている、中島敦の「李陵」には、概要次のような描写がある。彼の念頭には、昭和の大軍の後を追った娼婦達のイメージがあったことだろう。
(紀元前99年)陣中視察の時、李陵は偶々(たまたま)或(あ)る輜重(しちょう)車中に男の服を纏(まと)うた女を発見したので、調べてみると十数人の女が捜し出された。関東の群盗が処刑された後、寡婦で衣食に窮するままに辺境守備兵の妻となり、或いは彼等(かれら)を得意とする娼婦となり果てた者が少なくない。李陵は軍吏(ぐんり)に女等を斬るべく命じた。
シベリア出兵に従軍した祖父の日誌には、兵卒に花柳病(性病)が蔓延していたことが記されている。従軍兵士の遺稿集の中に、軍と共に移動した支那人の娼婦達を撮影した写真を見たことがある。彼女達は「従軍」していた訳ではない。論者が説くように、自ら求めて軍を追って行ったのである。

(註)
「従軍慰安婦」否定論には、肯定する立場の描くイメージとして、「野原で草花を摘んでいた可憐な少女達の前に、突然軍用トラックがやって来て、いやがる少女達を無理矢理連れ去った」とし、こういうことはあり得ないとするものもある。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-06-11 18:40 | 自虐史観を斬る | Comments(0)