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2005年 05月 22日 ( 2 )

 

同和と在日への対応について-2

在日(実際、その一部は同和とも重なり合う)については、ハングルを操り、出自を明らかにする芸能人は増えて来てはいるが、今後日韓、日朝間のしこりが自然に氷解して行くと簡単にいうのは余りに評論家的で、楽観的に過ぎるかも知れない。

これまた、小生がある団体の再建に当たって、純粋日本人と誤解していた(姿形・姓名、全て日本人風)在日及び帰化した人々の不気味な存在に苦慮した経験からいえることである。その頃、家庭史研究に関連して、在日の人々の日本社会での役割と心の闇といった分野に興味を覚え、関連書籍を読んでみた。済州島出身で、日本に来て、それから北朝鮮へ渡ったような人々(ある本には、これを譬(たと)えて、沖縄出身者が米国へ渡り、その後日本の東北地方へ行ったようなものだと評している。)と日本に留まったその親戚達は今、如何なる思いでいることだろうか。日本政府の対応もさることながら、自分達にも問題があると考える在日の人々が多くなったということについては、世の趨勢の変化を感ずる次第である。

同和・在日(帰化人を含む)の人々への日本人の対応としては、次の通りアドバイスしたい。
  • 他人の出自をとやかく言う人は先(ま)ず自分の出自を明確にすべきである。

  • 日本人が在日の人々と接点をもつ場合には、それなりの知識と覚悟を要する。

  • 差別は知らぬままに心に生じているものであり、これを完全になくすという努力は無駄である。
また、在日の人々に対しては、次の通りである。
  • 帰化する際に、出自が判るようにする(朝鮮人名を日本人名に入れておく)方が、日本人からあらぬ疑いをかけられない(却って差別されない)と思われる。

  • 帰化するのがいやであれば、終生、外国人のままで留まるべきである。

  • 強制連行を云々することは止めるべきである。
(註)
中韓よりの「歴史認識」異議申立は、国際的「同和問題」であり、この克服には相当のエネルギーと期間を要する。日本は外交上、或る程度譲歩せざるを得ないだろうが、根本的解決にはなり得ない。中韓両国民が精神面での飛躍的成長を遂げ、またその政治指導者達が「思想改造」し、自ら覚醒するのを待つよりほかに手はない。それにしても、厄介な問題を抱えたものである。これもまた、日本国の運命なのであろう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-05-22 20:20 | Comments(0)  

同和と在日への対応について-1

行政よりの広報誌には、「人権を考えよう」といった欄に同和問題についての記載が出て来る。21世紀の今日においても、かかる啓蒙記事を書く必要があるという背景に、日本人の中に根強く潜(ひそ)む差別意識の存在をどうしても感じてしまう。

今は廃刊となった、雑誌『噂の真相』2004年3月号の巻頭特集で同和出身のライターが、芸能人・スポーツ選手をイニシャルで紹介した記事(一部信憑性に疑問あり)を読んだことがある。政治家・歌手・俳優・スポーツ選手の大物の華やかな活動の裏には差別・偏見の克服という、彼等(かれら)としての目標があることを知るべきである。同和が問題になるという日本人の陰湿な国民性が彼等の告白を妨げているのだろうが、堂々と告白し、エセ同和といった問題に終止符を打つことが出来ればとも思う。

かつて小生が就職した頃は全国的に同和運動がさかんで、その追及(実際にはエセ同和)によって、企業の担当者が自殺したり病死したりする事件が相次いだ。小生自身、デモに応対したことがあるが、悲惨な目(つるし上げによる自殺、病死等)に遭った遺族の人達を身近にみて、大変同情したことを記憶している。そうした経験から、あのような問題は二度と起こしてはならないと思うと共に、今尚息をひそめて生活している真の同和出身者の心中を思いやるのである。

小生は長崎県の出身で、福岡県などと違い、学童期にはいわゆる「部落」問題には元々疎(うと)かったのだが、就職後の同和教育を通じて、結局広義の同和問題というのは、古くは「隠れ切支丹(キリシタン)」(宣教師の血筋で顔が西洋風)であったり、近くは在日の韓国・朝鮮人といったような、一種異なる習俗を持った人達に対する差別・偏見であったことに気が付いた。これは明治以後戦後においても隠然として続いた、同質的な血筋を尊ぶという、島国根性に基づいた、一部の家庭の教育によるものであったと考える。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-05-22 20:16 | Comments(0)