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2005年 05月 01日 ( 2 )

 

「脱亜入欧」について-4

さて、ここで歴史を振り返って、日本が欧米との関係で衝撃を受けたり、「勉強」になった事件について考えてみたい。
  1. 三国干渉(1895年)
    露仏独による遼東半島還付要求の一大事件であるが、これは当時の青年輩にとって国際場裡の厳しい現実として、大きなトラウマとして残ったものであり、その後日露戦争、第一次大戦で戦勝国となり、些か溜飲を下げ、フランスについても仏印進駐により漸く「三国干渉」の「精算」をしたように感じたことだろう。

  2. 北清事変(1900年)
    これについては、柴五郎中佐の「北京籠城」での活躍が美談として有名であるが、真実は日本軍が欧米諸国軍より危険で損な役回りを担わされ、体よく使われたことのようである。また、このときに欧米の兵が日本兵をからかい、日本兵が怒って仕返ししたという不祥事が多発し、日本側は陳謝に努めたとのことである。

  3. カリフォルニア排日移民法(1913年)、米国排日移民法(1924年)
    日本人労働者の増加に好感を持っていなかったカリフォルニアで1906年大地震が起こったときに、日本人の下層労働者の振舞に問題があった(下卑た習慣が理解されなかった)ということに遠因があったようである。


古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-05-01 18:20 | Comments(0)  

泡茶開講@中華民国ではない台湾にしよう

c0058035_7452413.jpg このイメージは去る2005年4月23日土曜日、昼下がりの東京・新宿ではちょっとしたデモがありました。 それは『もう我慢できない中国の横暴!』という名目で整然と練り歩いた団体にはもちろん日本人や在日台湾人も多数参加されたことに注目したい。 「打倒 中華帝国」「中国は内政干渉をやめろ!」「反日暴動を取り締まれ!」「暴支膺懲」などに加えて「台湾の友達 日本 をいじめるな!!」「日本加油!!」といったプラカードを掲げられた事実を。 デモ参加の絶対数は確かに300人程と小さいものだが、彼らの持つ存在感やその意味あいは遥かに大きかったことを是非とも覚えておきたいものです。

 さて、今回のエントリは台湾に関して私のスタンスを少し挙げます。

名はその存在を現すもの、中華民国で通す台湾ではそのまま迎える訳にはいかない

⇒厳しく聞こえるようですが、それは愛のムチということで。 そもそも中華民国というのは国民党が掲げた名前だと私は認識しているので、いくら現在民主化されたとはいえ今後の政権次第では再び強権・独裁化する危険があります。 つまり民主化されたのならば、国名を変えろよ!更には公用語も北京語のままで良いのか? 共産支那によって台湾島ごと狙われ且つ阻害されているのはご存知かと思います。

c0058035_12211868.jpg

 ですが現在国民党・連戦が支那・共産党の胡錦涛に対し何を考え何を言っているのか?だけでも考察すれば、如何に中華民国という国名が台湾にとってどれだけ利益を損ない続けるモノなのか気付くべきです。 それと各国の華僑系新聞が連戦を神輿に祭り上げクリーンなイメージに仕立て上げられていることも事実への歪みとなっています。 台湾人は、これ以上の支那人根性を受け入れ続ける必要があるのか?という試練であると思います。

c0058035_129288.jpg  なぜなら以下の台北・国軍文物館 蒋介石の竹林遺書(竹製筆立の表面に彫刻された遺書)の書かれていることが所詮『中華クオリティ』のままですからねぇ。

終有一天将我們的青天白日旗飄揚冨士山頂!=冨士山頂に我々の中華民国旗(青天白日旗)が必ず翻るのだ!』

つまり、残念ながら支那時代の中華民国のままだということは日本とは共存せず敵対のままを望むことでもあり、現在でも支那・南鮮・北鮮ほどでは無いにせよ反日教育は払拭し切っていません。 なので中華民国という名を支持する台湾人ならば、私は彼らに敵意を持つ日本人でもあるということなのです。

久保田泰啓 KUBOTA Yasuhiro

by ayanokouji3 | 2005-05-01 09:46 | next phase⇒日帝台湾 | Comments(0)