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2005年 03月 31日 ( 1 )

 

日本の植民地経営について-3

中島敦の少年時代の短編小説の中に、「巡査の居る風景-1923年の一つのスケッチ」と「D市七月叙景(一)」というものがある。前者は植民地時代の京城の情景と人間模様を、後者では大連のそれらを知ることが出来る。前者での朝鮮人巡査の主人公は、「あの日本の紳士に丁寧な扱いを受けていたことによって極く少しではあるけれども喜ばされていたのだ。」と感じ、後者での、高専校を出ておきまりの下級会社員の苦しい生活から逃げ、満洲でM社に就職した主人公の「彼」は、収入が内地の倍となり、「こうして満洲は彼にとって、極楽であった。」となる。こうしたものは植民地時代の一側面に過ぎない。

然らば、より広い視点でとらえた場合は如何なるか。
小生の高齢の知人は、次のように述べている。
日本が政策として日露戦争を含め侵略戦争を行い、植民地を搾取したと云う事実はない。当時の国家財政を精査すれば歴然とする。私が斯く断ずるのは、私自身に植民地は本国のためにのみ存すると云う考えがなかったせいではない。国防、東洋の平和のための政策遂行の結果として、日本が台湾、関東州、朝鮮を領有することになったのである。
そして、存在と当為を当時に遡って、当時の為政者の立場になっての反省が必要であり、歴史は後世の価値観でのみ把握すべきでなく、自虐的反省からは正しい歴史認識は出来ない、また、戦争の悲惨、敗戦の虚脱感の視点から歴史を批判するのみの平和論では国の安全は保障出来ない、とする。

今日、日本の植民地経営の意義を論ずることは決して単なる歴史の検証を行うことではない。それは、現時点の国際情勢に如何に対処するかという、極めて今日的意味をもっている。この植民地経営の歴史的意義を明確にし得ない限り、北朝鮮拉致問題の解決についても、将来の問題となる台湾の帰趨を巡る対応についても、日本は独自の対応が出来ず、世界の笑い者となるだけである。教科書検定に関する論争は外に現れた一つの事象面に過ぎない。その奥に潜む、より深い歴史観の是正、各人の出自の解明こそが急務なのである。それなくしては、総論の集積の処理に終わってしまう。より具体的で、積極的、緻密な調査・分析が望まれる。このことは、せめて日本の中流階層の人々には実践してほしいのである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-03-31 22:28 | Comments(0)