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古い写真から-苗栗県(3)

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苗栗縣南庄紀念新嘉坡陷落(Singapore Surrendered)

苗栗県に残る古い写真について、李叔徳氏とやりとりを繰返すうちに、台湾ではシンガポールを「昭南島」ではなく、新嘉坡と呼んでいたことに気付いた。また、戦前は日本語使用が強制されていたが、客家の人々はひそかに家で「客家(ハッカ)話」を使っていたものの、密告されれば、警官や教員にそれなりの処罰を受けたとのことである。国民党政権下の民国60年代ににおいても、学校で生徒が不用意に「客家話」を使った場合、5NTドルの罰金となった頃があるという。台湾では現在客家人の人口が15%を占めるというが、小生もインドネシアで多くの客家人に会った経験があり、戦前・戦後を通じ様々な制約に耐えて来た彼等の底力には敬服するのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2008-06-13 11:50 | 日據時代的台灣 | Comments(0)  

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