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軍人勅諭について

教育勅語や終戦詔勅は共に格調高い文体であるが、これは漢文調であり、実際に漢文に置き換えることが出来る。これらに振仮名・注釈を要するようでは、国民の間に浸透し、今後愛誦されて行くようなことは先ずない。

漢文調に馴染めぬ若い世代の人達にとっては、明治15(1882)年1月4日の軍人勅諭の文体に親しむこと如何(いかん)。その一部は次の通りである。
 夫(それ)兵馬の大権は朕か統(す)ふる所なれは夫司々(つかさつかさ)をこそ臣下には任すなれ其大綱は朕親(みづか)ら之を攬(と)り肯(あへ)て臣下に委ぬへきものにあらす子々孫々に至るまて篤く斯旨を伝へ天子は文武の大権を掌握するの義を存して再(ふたゝび)中世以降の如き失体なからんことを望むなり朕は汝等軍人の大元帥(だいげんすゐ)なるそされは朕は汝等を股肱(ここう)と頼み汝等は朕を頭首として仰きてそ其親(したしみ)は特(こと)に深かるへき朕か国家を保護(はうご)して上天の恵(めぐみ)に応し祖宗の恩に報いまゐらする事を得るも得さるも汝等軍人か其職を尽すと尽さゝるとに由るそかし我国の稜威(みいづ)振はさることあらは汝等能く朕と其憂を共にせよ我武維(これ)揚りて其栄を輝さは朕汝等と其誉(ほまれ)を偕(とも)にすへし汝等皆其職を守り朕と一心(ひとつこゝろ)になりて力を国家の保護に尽さは我国の蒼生(さうせい)は永く太平の福(さいはひ)を受け我国の威烈(ゐれつ)は大に世界の光華(くわうくわ)ともなりぬへし

無学な兵卒達のために、漢文調ではなく、特に解り易い和文を以て撰せられたと言う。この程度のものでなければ、憲法前文とする価値はないと思われるが、これですら一般国民が読んで直ちに意味を理解出来ないのであれば、到底採用される見込みはなく、また採用されるべきではない。現在の無味乾燥、殺伐とした自民党案で致し方ないと考える。

これまでの国語教育が間違っていたのでもなく、国民のレベルに問題がある訳でもない。時代認識としてそのように求めているというに過ぎない。形式にとらわれる余り、本末転倒となる愚は戒めなければならない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2006-02-13 19:54 | Comments(0)  

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