「公家たちの幕末維新」について

 刑部芳則(おさかべよしのり)著『公家たちの幕末維新』(中公新書)を読んだ。公侯伯子男の爵位による華族制度がなくなってから70余年の平成の今、旧藩主の後裔はまだしも、公家の後裔(こうえい)に至っては確かに存在感が希薄である。

 本書を読み、維新の大業が多くの公家達の権謀術数を含む「活躍」なくしては成し遂げられなかったであろうことを理解する共に、維新に関する最終的論功行賞としての叙爵の際、爵位に不満を抱く公家(くげ)達がいたことを知った。

 ところで小生は、平戸藩の観点から、三条実美(さねとみ;子爵となる筈の平戸藩主松浦詮(あきら)が伯爵となるための口添(くちぞ)えを行う)および中山忠能(ただやす;夫人が松浦詮の曽祖父静山の十二女)に以前より着目して来た。

 本書には、本来、子爵となるべき中山忠能が「国家に偉勲ある者」とされ侯爵になった一方、伯爵にとどまった上位の家格の嵯峨・中御門(なかみかど)両人が4年後に漸(ようや)く侯爵となったことなどが紹介されており、興味は尽きないが、中山忠能の孫に当たる明治天皇の出自に関する異説についての記載はない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2018-09-14 13:45 | Comments(0)  

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