森友問題の追及について

 大小を問わず問題を適宜捌(さば)き得ることに保守的な政治家や官僚の真価が発揮されるのであるから、野党が彼等が問題を矮小(わいしょう)化することを以て大問題だとし、大騒ぎし、追求の手を緩(ゆる)めないことにも一定の自制があって然(しか)るべきである。

 再び脚光を浴びつつある森友問題を、米国人風に論評するならば、良いニュースは健全な「民主主義」が試されつつあることであり、悪いニュースは山積する問題が先送りになりつつあることである。

 保守的な政治家や官僚の本領が事勿(ことなか)れ主義であるのは致し方ないことで、国民は蚊帳(かや)の外とし、森友問題の落着を奈辺にするかは当事者同士で決めれば良い。

 森友問題の追及が許される限り、日本は「内憂外患交々至る」状況ではないことだけは確かである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

[PR]

by ayanokouji3 | 2018-03-28 09:50 | Comments(1)  

Commented by syoutoku7 at 2018-03-28 12:45
 明仁が、倭国の桓武天皇の血筋であって、日本国の聖武天皇の血筋ではないことが、追及されないことこそが、この国が民主国でも日本国でもないことの証明である。
 古川さん。あなたはいつになったらこの重大な問題について、この私と議論するのですか?
 あなたこそ、この重大な問題をひたすら先送りしているだけではないか。倭国藤原北家カナン人結社の下僕なら致しかたないか。
 カナン人結社の頭目昭和天皇が日航機123便の撃墜を命令したのだ。広島長崎原爆投下も、昭和天皇が同じカナン人の首魁デビッドロックフェラーに命じて、投下せしめたのだ。
 災いだ。おまえらの罪は、わざわいだ。呪われよ。まことの主イエスキリストたるダビデ王に呪われよ。我が国の本当の日本国天皇のダビデ王に裁かれてしまえ。

<< 女性の活躍について 二・二六事件について >>