世界動乱について

 世界各地で動乱や事件が起きる度に思うことは、それらの要因が内蔵していた原因を除去したことによるもので、本来の姿に過ぎないということである。

 欧米がサダム・フセインやカダフィを打倒することがなければ、或(ある)いは今でも平静を保っていた地域はあったことであろうが、打倒出来たということはそれが可能となる限界点に達していたからであろう。

 欧米だけが悪い訳でもなく、地域と周辺の国々、更に利害関係を持つ国々の全てに連帯責任がある。

 世界平和を唱えることはそれはそれとして非常に意義があり、また、一定の効果を齎(もたら)すものである。併(しか)し、威圧・破壊・犠牲・再生の繰返しは避けられない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2016-01-13 20:09 | Comments(0)  

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