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日本は最早、反省も謝罪もする必要は無い!!

「極東国際軍事裁判(東京裁判)は、『平和や人道に対する罪』を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。『A級戦犯』の遺族には年金を貰(もら)って頂いており、日本国内ではその人達(A級戦犯)はもう罪人では無い」

「中国に気遣(きづか)いして、『A級戦犯』が如何(いか)にも悪い存在だと言う、処理のされ方をしているのは残念だ。日中、日韓関係が大事と言うだけで、靖国神社に『A級戦犯』が祀(まつ)られているのは悪いが如(ごと)く言う。こう言う片付け方をするのは後世に禍根を残す」

これは、平成17(2005)年5月26日に開かれた自民党代議士会の席上、小泉総理の「靖国参拝」を支持する森岡正宏・厚生労働政務官が行った発言です。この発言はその後、物議を醸(かも)し、野党の民主党や共産党は森岡政務官の更迭を要求、連立与党の公明党からも非難の声が上がりました。又、同月27日には、「中国」外交部(外務省に相当)の孔泉・報道局長も談話を発表し、

 「国際正義と人類の良識に対する公然たる挑戦」

と非難すると同時に、

 「日本軍国主義の野蛮な侵略によって被害を受けた国民の感情を深く傷つけるものだ」

と激しく反発しました。(当然、韓国も反発) 然(しか)し、この「森岡発言」に対しては同調する向きもあり、同じ自民党の片山虎之助・参院幹事長は、

 「森岡さんの様な意見は国民の間に昔からある。それを代弁したのだと思う」

と擁護。更に小泉総理も、野党からの罷免(ひめん)要求に対しては、

 「議員個人としての発言ですからね。あまり取り上げない方が良い」

と発言し、暗に「森岡発言」を容認しました。まあ、一昔前なら、それこそ即刻罷免の御沙汰(おさた)が下(くだ)ったもので、正に隔世の感があります。とは言え、『朝日新聞』をはじめとする反日メディアの牙城を筆頭に、未(いま)だに「東京裁判」の判決を金科玉条の如く押し戴(いただ)き、戦勝国によって勝手に貼られた「A級戦犯」・「B級戦犯」・「C級戦犯」(以下、総じて「戦犯」と略)と言う不条理なレッテルに対して、何ら疑いを持たない「カルト教信者」がいる訳で、そう言った輩(やから)にしてみれば、「森岡発言」はそれこそ許されまじき「暴言」・「妄言」と言った所なのでしょう。それに対して、私も一日本国民として黙っている訳にはいきません。と言う訳で、今回は、所謂(いわゆる)「A級戦犯分祀(ぶんし)」問題も絡めて、私なりに今回の一件について論じてみたいと思います。

先(ま)ず、私自身の結論から言えば、「森岡発言」については極めて当然の事を言った迄(まで)であり、この発言が何故(なにゆえ)問題視されるのか理解に苦しみます。又、この発言が原因で、森岡政務官が辞任したり、罷免されたりする必然性についても万分の一もありません。私は、嘗(かつ)てコラム『1.東京裁判は法律上成立しない』に於いて、「東京裁判」の違法性を指摘し、その「裁判」(を模した戦勝国による敗戦国に対する私刑(リンチ))によって下された「判決」の無効を唱(とな)えました。詰(つ)まり、「東京裁判」によって「有罪」の宣告を受け、或(あ)る者は死刑に、又、或る者は禁固刑・懲役刑に処された「戦犯」と呼ばれた人達は、戦勝国が勝手にそう決め付けたに過ぎず、もう一方の当事者たる我々日本人にとっては「戦犯」でも何でも無い訳です。現に日本国内では、東条英機(ひでき)・陸軍大将(「大東亜戦争」当時の総理)以下、「A級戦犯」と呼ばれる人達に対して、戦勝国とは別に改めて日本の国内法に基づいて「戦犯」として裁(さば)きを下してはいません。詰まり、国内法的には、彼ら「戦犯」は、「戦犯」=犯罪者でも何でも無い訳です。現に、A・B・C級と言う区分に関係無く、彼ら「戦犯」の遺族に対しては、遺族年金等が給付され(もしも、国内法的にも「戦犯」=犯罪者として扱われたとしたら、給付の対象にはならなかっただろう)、国内的には既に名誉回復が為されている訳です。だからこそ、彼ら「戦犯」も、靖国神社に他の英霊と共に、「英霊」として祀(まつ)られている訳です。

扨(さて)、その靖国神社に合祀(ごうし)されている「A級戦犯」の取り扱いについては、支那・韓国が執拗に問題視し、小泉総理が「A級戦犯」が祀られている靖国神社に参拝を繰り返している事を政治問題化している事については、皆さんもご存じの通りです。それを受けて、日本国内でも、靖国神社に祀られている「A級戦犯」を分祀すべきだとか、靖国神社とは別に、英霊の為の国立慰霊施設を造営すべきだ、と言った意見が出されています。その様な中、「森岡発言」から3日後の5月29日、自民党の中川秀直・国会対策委員長が一つの提案をしました。曰(いわ)く、

 「靖国神社と遺族が話し合い、A級戦犯の分祀を自発的にする。それで、中国も日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに賛成する(事が望ましい)」

と。この発言は、要は日支(日中)間の対立の原因となっている「靖国問題」を解決し、日本の悲願であり、且つ最大の懸案となっている国連安保理常任理事国入りで、支那の支持を取り付けようとの考えである訳ですが、私から見れば、それこそとんでも無い話です。

中川氏は提案の中で「自発的に」と発言していますが、何故(なぜ)、「自発的に」すべき事を、当事者(靖国神社と遺族及び関係者)でも何でも無い中川氏が口にしているのか? これでは、「自発的」どころか、「強要」では無いのか? 例えば・・・貴方(あなた)のご先祖様が眠るお墓に貴方がお参りしている事に対して、何者かが文句を言い、それを見かねた誰かが貴方に対して、

 「菩提寺と相談して、自発的に何処(どこ)か別の所へお墓を移したらどうでしょう?」

と言ってきたとしたら、貴方はどう思われますか? 「余計なお世話だ!!」と憤慨する事でしょう。それと同じ事です。又、幾ら日支間が「政冷経熱」と言われ、政治面で関係が戦後最悪と言われているとは言え、安保理常任理事国の椅子(ポスト)を手に入れる為に、「戦犯」を出汁(だし)に使う事が果たして許されるべき事なのか? 私は非常に疑問を覚えます。いや、疑問どころの話では無いのです。

中川氏を含め、「A級戦犯」分祀論者は、靖国神社から問題視されている「A級戦犯」を分祀さえすれば、それで問題が解決する、と考えている様ですが、それこそとんでも無い誤解です。確かに、支那・韓国は、小泉総理が「A級戦犯」の祀られている靖国神社に参拝する事を問題にしています。その観点に立てば、単純に靖国神社から「A級戦犯」を分祀さえすれば、その後、小泉総理が「A級戦犯の祀られていない靖国神社」に幾ら参拝しようが、問題にならない、と思うでしょう。然(しか)し、靖国神社から「A級戦犯」を分祀すれば、それで話が終わる、とは限りません。いや、支那・韓国は味を占めて更に無理難題を吹っ掛けてくる可能性の方が大きいのです。

落語に『饅頭(まんじゅう)怖(こわ)い』と言う小咄(こばなし)があります。世の中に、饅頭が死ぬ程怖いと言う男がいて、その男をからかってやろうと、饅頭を入れた押し入れに男を閉じこめます。すると、あろう事か押し入れに閉じこめられた男は、饅頭を全て平らげ、今度は「お茶が怖い」と嘯(うそぶ)く・・・ 「饅頭が怖い」と言うのは実は真っ赤(まっか)な嘘で、その男は饅頭が大好物。たらふく饅頭を食った男は、今度は「お茶が怖い」と言ってお茶を所望(しょもう)する、と言うストーリーなのですが、「靖国問題」もこれと同じ事です。現時点で支那・韓国は、「A級戦犯」の合祀を問題にしており、これは「饅頭」に相当します。では、「饅頭」が解決したら、それで終わるのかと言えば、今度は「お茶」── 例えば、総理以下閣僚の靖国神社への「参拝」行為そのもの ── を要求してくる事でしょう。彼らの民族性からしても、一度、こちらが良かれと思って譲歩すれば、「妥協する事無く恫喝すれば、次から次へと無理難題を呑む」と認識します。それは、日本が戦後60年間、「非戦」を誓い、一度も戦争をせず、「平和国家」として歩んできたにも拘(かか)わらず、未だに、やれ「反省しろ」、「謝罪しろ」と言っている事が充分に証明しています。彼らに対しては、幾らどの様な方法で謝罪しようが、「最強の切り札(カード)」である以上、絶対に手放す筈が無く、対日交渉に於いて不利とあらば、何時(いつ)でも何回でも繰り返し持ち出して来る事は目に見えている訳です。

戦勝国側の勝手な論理でレッテルを貼られた「A級戦犯」にしろ何にしろ、「英霊」に対する慰霊と鎮魂は、あくまでも日本の「国内問題」であり、突き詰めれば、日本人の宗教観の問題であり、魂の問題です。その様な問題を外交の取引材料にすべきではありません。ましてや、不当な言い掛かりを繰り返す支那・韓国に対しては尚更(なおさら)の事です。先の戦争 ── 特に「支那事変」(日華事変・日中戦争)が、必ずしも日本の一方的な原因で為されたものでは無い事は、従前のコラムで触れた通りです。更に言えば、戦後、成立した「中国」── 中華人民共和国が、日本に対して彼らが言う所の「正しい歴史認識」を強要し、先の戦争に対する反省と謝罪(更にはその延長としての賠償)を、繰り返し要求しているその裏で、彼(か)の国が今迄に一体何をしてきたのか? それを考える時、

日本は最早、反省も謝罪もする必要は無い!!

私はそう思う訳です。それと同時に、極めて「歴史」について不勉強であり、且つ、支那に媚(こ)び諂(へつら)う政治家が多い中、当然の事を、当然の事として発言した森岡政務官の良識を支持すると共に、より多くの政治家・財界人がこの様な「正しい歴史認識」を持つ事を、切に希望してやみません。その為にも、「中国」と関わる政治家・財界人に対しては、

(なんじ)ノ敵、「中国」ヲ知レ

と声を大にして言いたいですね。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年6月3日付で掲載したコラムです)

by ayanokouji3 | 2005-06-04 20:41 | 歴史再考 | Comments(0)  

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