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同和と在日への対応について-1

行政よりの広報誌には、「人権を考えよう」といった欄に同和問題についての記載が出て来る。21世紀の今日においても、かかる啓蒙記事を書く必要があるという背景に、日本人の中に根強く潜(ひそ)む差別意識の存在をどうしても感じてしまう。

今は廃刊となった、雑誌『噂の真相』2004年3月号の巻頭特集で同和出身のライターが、芸能人・スポーツ選手をイニシャルで紹介した記事(一部信憑性に疑問あり)を読んだことがある。政治家・歌手・俳優・スポーツ選手の大物の華やかな活動の裏には差別・偏見の克服という、彼等(かれら)としての目標があることを知るべきである。同和が問題になるという日本人の陰湿な国民性が彼等の告白を妨げているのだろうが、堂々と告白し、エセ同和といった問題に終止符を打つことが出来ればとも思う。

かつて小生が就職した頃は全国的に同和運動がさかんで、その追及(実際にはエセ同和)によって、企業の担当者が自殺したり病死したりする事件が相次いだ。小生自身、デモに応対したことがあるが、悲惨な目(つるし上げによる自殺、病死等)に遭った遺族の人達を身近にみて、大変同情したことを記憶している。そうした経験から、あのような問題は二度と起こしてはならないと思うと共に、今尚息をひそめて生活している真の同和出身者の心中を思いやるのである。

小生は長崎県の出身で、福岡県などと違い、学童期にはいわゆる「部落」問題には元々疎(うと)かったのだが、就職後の同和教育を通じて、結局広義の同和問題というのは、古くは「隠れ切支丹(キリシタン)」(宣教師の血筋で顔が西洋風)であったり、近くは在日の韓国・朝鮮人といったような、一種異なる習俗を持った人達に対する差別・偏見であったことに気が付いた。これは明治以後戦後においても隠然として続いた、同質的な血筋を尊ぶという、島国根性に基づいた、一部の家庭の教育によるものであったと考える。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-05-22 20:16 | Comments(0)  

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