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台湾人のよりどころについて

テレサ・テン(1953-95)の生涯を思うに、その遍歴は一部の台湾人の精神的彷徨を象徴している。香港やパリを経て結局、チェンマイで客死せざるを得なかったのは、外省人二世の運命であったのか。合掌。

さて、台湾人の個人としてのよりどころは、例えば次のようなものであろう。
宗教-仏教、道教(「馬祖」等民間宗教を含む)、キリスト教
思想-儒教、西洋哲学、日本精神(武士道を含む)
気休め・趣味-各種健康法、詩文、旅行、芸能鑑賞

然らば、「国民」としてのアイデンティティは如何。
漢民族ということだけでは、中国編入の積極的理由にはなり得ない。また、「共和国」とする客観的な理由もない。「国民」のよりどころがないからである。

そもそもの問題は、戦後、台湾が空白地帯となったことに始まる。
もし、国民党政権が世襲制となり、蒋「日成」、蒋「正日」といった体制となっていたとしたら、悪政を打倒するといった大義名分が出来るのだが、今の台湾には独裁者はいない。「年期奉公の元首入札制度」によって選ばれた総統が台湾の代表者である。今の民主政体を変える必要はないし、変わることもない。

中共が「両箇中国」、「一中一台」を認めず、中国唯一無二の正統な政権であることを内外に誇示する台湾併呑は「必達目標」である。併し、台湾人達は、中国の「攻勢」や「演出」においそれと乗るようなことはしない。「笛吹けども踊らず」である。

台湾は、香港やマカオのように、中国と宗主国が話し合って政権移譲を漸次実行して行くという土壌はない。また、日米の保護国となるにはクリアーすべきハードルが高過ぎる。

現状維持が台湾の「国論」である。そうである限り、今後もこの状況が続くのは止むを得ないのだろう。

(註)
中国内政と半島情勢に動きが見られない間は、台湾問題は進展せず、政治的な両岸関係は外交辞令的な「対話」のみに止まることになる。台湾人自身がよりどころを確定するのは、まだ先のことである。尤も、そのよりどころが憲法のみであるとすれば、洵にさびしいことではないか。
これに関連して、次

 「吹けば飛び 燃やせば燃ゆる 紙切れを 法(のり)とし頼む 人もある世か」(1946)
 「字に書きし 法をたのむは 画に描きし 餅を食らふに なほ如かずけり」(1953)

の二首は、小生の親戚が日本国憲法を評して詠んだ歌で、意味深長である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-05-20 22:05 | Comments(0)  

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