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自虐史観と右の歴史観について-2

歴史観は、同時代人によっても置かれた境遇により大きく異なるし、また同じ人でも時期によって変化する。従って、固定・一貫した歴史観をもつこと自体無理である。とはいうものの、真実から大きくかけ離れた歴史観に固執したり、その呪縛から脱することが出来ないこと程、不幸なことはあるまい。それは個人の人生観にも影響を及ぼすものであるからである。

政治経済外交に対する見方にも様々なものがある。政府の政策は、左の立場からみれば専制横暴となるし、右の立場からみれば物足りないとなる。何時の時代もそうである。

90年代、細川内閣から自虐史観が優勢になっていた頃に比べれば、社会全般が随分増しになって来たと思われる。犯罪が増えたのは止むを得ないが、それもまた天よりの警告であり、各人が自分自身で防犯に取組むこと自体はよいことである。企業のリストラにより生活が苦しくなるのも、各人に自活の道を促進させる契機となり、悪いことではない。

社会が悪い方向に進んでいると盲信するのは自虐史観のはじまりであり、また誤った右の歴史観のはじまりでもある。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-05-17 22:11 | 自虐史観を斬る | Comments(0)  

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