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自虐史観を斬る(日本の植民地経営-5)

ここで読者各位にお聞きしたい。
日本の植民地経営は、また戦前の全ての国策は果たして間違っていたのか、と。

以前、ジャカルタ、バンコク、大陸で多くの台湾人と面談したことがある。皆、一様に日本贔屓であり、「日本通」であり、日本を評価し、国民党の外省人をおとしめている様子であった。台湾人は中国人ではないのか。風俗習慣は支那風(註-台湾通馬淵東一は支那は語源上蔑称ではないとする)であるが、その心中の思いは如何。

本メールマガジンで扱うのは殆どが過去のことである。併し、単なる懐古趣味から過去の事実を列挙している訳ではない。執筆者の血筋などは大海の中の一滴の水のようなものであり、取るに足らない。父祖の台湾における事蹟という観点からすれば、本来ご紹介するに値するような偉大な業績をもつ者はいない。

他方、55年間の植民地統治といえば、丁度、戦後経過した期間に匹敵する。決して軽視出来る長さではない。

台湾人士とのメールのやりとりにより、思い出したことは、我々日本人は胸の奥底に、やり残した数多くのことをしまっているものの、それらを忘れかけつつある、ということである。愛国心、憂国の情などといえば、面映ゆい気になるのもまた事実である。

執筆者の場合、戦犯の名誉回復・自衛隊の軍への呼称変更・旧軍階級制復活、憲法復原、台湾編入による尖閤等領土画定、旧仮名遣復活等々が気になっていることである。これが10年前であれば、狂人扱いされていたかも知れない。併し、今となっては何れも将来、実現の可能性がなくもない。憲法問題にしても、本気になれば一押しで解決することである。難しく考えるから何も出来ない。

日本の植民地経営の分析の延長に国際情勢と内政の現状があり、その先には国際関係と内政の将来がある。高齢者として、若者に負けず取組むべき問題である。そして、その根底に、自虐史観の克服を以て精神的重しを備えねばならない。それは単に父祖の事蹟を美化するというような浅薄な行為ではなく、自らが父祖たるの気概をもつことにはじまるのである。
古川 宏 FURUKAWA Hiroshi
士族家庭史研究会メールマガジン『父祖の訓へ』第24回 より)

by ayanokouji3 | 2003-05-21 13:58 | Comments(0)  

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