日本と台湾の合邦(国家統合)に関する素案

Except the constitutional and unconstitutional issues, the restoration of ranks among the arm forces including the Imperial Army, Navy, and the Air Force.
(合憲、違憲は別にして、(日本)軍の階級制の復活が必要。)

The current "self-defence" sounds like we take everthing that our enemy ets for us.
(現在の「自衛隊」と言う名称は敵にやられるだけの様に聞こえる。)

The Americans will sooner or later leave for home (good or bad that they have been with you for several decades since the war, put everything behind you and look forward to building up aglorious Japan again that we won't disgrace our forefathers).
(米国は早晩引き揚げる。(良かれ悪しかれ、戦後数十年間駐留して来たが、それは忘れて、父祖を辱めぬ様、栄光ある日本を構築すべき)

We'll need at least the following things ready that we may cope with the future issues raised or aroused again.
(将来発生する問題への対策には少なく共、次のステップを準備する要あり。)

1. 4-5 aircraft carriers (nuclear powered) 週邊有事.
(1. 周辺有事用原子力航空母艦4~5隻)

2. both 戰術 與戰略 nuclear missiles to support our military and national defense.
(2. 戦術・戦略核ミサイル)

3. 12-15 nuclear submarines for strategic strike (the current diesel sub. with AIP is sufficient for another 10-15 years. The Chinese is also working on the AIP, too.)
(3. 戦略攻撃の為の原子力潜水艦12~15隻、現行のものはあと10~15年は大丈夫)

4. 恢復天皇制及舊軍制, 所有學校公的役所一律早上唱國歌升國旗, 唱軍歌.
(4. 天皇制、旧軍制度復活、全学校・役所早朝一斉国歌斉唱国旗掲揚、軍歌唱和)

5. 憲法内所有權力義務及於台灣. Taiwanese may pay less tax to the central government based upon the GNP All Taiwanese are treated equal to the inlanders that no passport will be required when travelling.
(5. 憲法内のあらゆる権利義務が台湾に及ぶが、台湾人はGNP(国民総生産)に応じ、税を減免される。日本人と同待遇、旅行は自由、旅券不要。)

6. All Taiwanese arm forces and equipments remains the same as the coast guard or national guards (same as US) budget and emplyees will be cut down to a certain level. The national defense relies on the inlanders.
(6. 台湾の軍装備は沿岸警備隊、又は州兵(米国同様)として現状のままとし、予算及び兵員数は一定レベルにまで削減する。国防は日本人に一任する。)

There are a lot of things need to be discussed in detail.
(詰めるべき点は多い。)

The above points are merely a draft as reference for all of us.
(上記は単なる案に過ぎない。)

If we go by referumdom, I assume that a lot of Taiwanese will vote for Japan.
(国民投票すれば、台湾人は賛成するだろう。)

靖国英雄 YASUKUNI Hideo

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# by ayanokouji3 | 2003-05-15 18:47 | next phase⇒日帝台湾 | Comments(0)  

你們湖南電視台又在搞反日陰謀企圖破壞日中友好, 永遠不會得逞.

迫りくる中国の脅威~「台灣/日本解放綱領」の残影(全文転載引用) 台灣は支那のSARSに解放され熱病にかかったような時代でした。未だ実態は明らかではありませんが、背後に中国共産党による何らかの工作・支援があったのではないでしょうか。 中共の「台灣解放」の秘密指令なるものには、SARSのような内容が.....etc.。解放軍化學部隊 實驗miss, 潛水艦沈沒, AIP...


しかし、一方では、中国はソ連の崩壊後、軍拡の道をひた走り、また同時に反日的な宣伝活動を活発化してきました。南京事件の捏造・喧伝、歴史教科書や靖国神社首相参拝への干渉、 731部隊訴訟, 戦争の謝罪と賠償の要求など、日本への心理的・外交的な攻勢は強まってきました。さらに今日のアイリス・チャンらによる国際反日運動の背後にも、中国政府の関与が指摘されています。日中の真の友好にとって、誠に残念な傾向です。こうした中国の対日政策をさかのぼると、『日本解放綱領』なるものが存在し、今日まで、影を落としているのかも知れません。湖南電視台之専門家・研究者の方に、ご教示いただけると幸いです。

過去の国際情勢及び、国内政治情勢の断片をジグソーパズルのように組み合わせ推察を試みましたところ大変な結論に到達いたしました。結論は中国が日本侵略計画を持っており、実行に移されかなり深化していると言うことです。興味深いご意見だと思います。ご参考に、ある文書をご紹介します。(以下は「国際派日本人養成講座(JOG)」の読者によるML「五百羅漢ネットワークプロジェクト(GNP)」に投稿したものです)(1)昭和47年(1972)8月、中国共産党の秘密文書なるものが、出現しました。当時は、田中角栄内閣が成立し、マスコミが日中早期国交のキャンペーンを展開していました。三島由紀夫自決や70年安保収束の2年後のことです。故・西内雅(ただし)教授(当時中央学院大学、のち皇学館大学)は、北東アジア各地を旅行中に、中共による『日本解放綱領』という文書を入手したと言います。そして、国民新聞社が日本語の翻訳版を出版しました。それが、『中共が工作員に指示した「日本解放」の秘密指令』という小冊子です。

◆文書の信憑性 発行当時を知る関係者の話では、本書は、論壇誌で取り上げられたり、日本共産党も言及するなど、反響を呼びました。

◆日本共産化の基本戦略本書が出現した昭和40年代、我が国は、左翼革命運動で騒然としていました。産経新聞を除くほとんどのマスコミは文化大革命を礼賛し、毛沢東に共鳴する一群が活発に活動していました。熱病にかかったような時代でした。未だ実態は明らかではありませんが、背後に中国共産党による何らかの工作・支援があったのではないでしょうか。
 中共の「日本解放」の秘密指令なるものには、次のような内容が書かれています。まず本書は、「我が党の日本解放の当面の基本戦略は、日本が現在保有する国力のすべてを我が党の支配下におき、我が党の世界解放戦に奉仕せしめる」と規定しています。
 「日本解放」つまり日本の共産化は、3段階を経て達成するとしています。第1目標は日中国交の樹立、第2目標は「民主連合政府の形成」、第3目標は「日本人民民主共和国の樹立ーー天皇を戦犯の首魁として処刑」である。本書は、田中内閣成立で第1目標は達成されつつあるとし、第2目標の民主連合政権樹立に必要とする心理作戦、マスコミ、政党、左右両団体への工作、さらに在日華僑対策を具体的に指示、在日中共大使館開設によってさらに筋金入りの革命工作員2 千名を派遣、第3目標達成に全力をあげるとしています。「民主連合政府」の形成は、それ自体が目的ではなく、次の「人民共和制=共産政府樹立」に転じていくための、単なる手段にすぎないことが、明記されています。あくまで最後は暴力方式をとって共産政権を樹立することが目標です。その際、連合政権樹立に協力した、当時の既成政党(自民党・社会党・民社党・公明党など)の一切を打倒し、排除することとしています。この過程で最も注目すべきは、天皇を「戦犯の首魁」と規定し、「処刑する」ことが、はっきりと明記されていることです。(バーガミニ=チャンの天皇誹謗、三島=竹本の「文化防衛」が思い起こされましょう。)

◆対日工作員への指示内容 次に、本文の内容から、注目すべき点をまとめてみます。中共工作員の行動要領の第一には、「群集掌握の心理戦」が指示されています。すなわち、
「全日本人に中国への好感、親近感をいだかせる」
「目的は、我が党、我が国への警戒心を、無意識のうちに捨て去らせることにある」
「これは、日本解放工作成功の絶好の温床となる」


などとしています。もし日中友好には、このような工作のもとに推進された面もあるとすれば、ゆゆしきことでしょう。第二に、「マスコミ工作」が指示されています。マスコミ工作については、

「今日では、新聞、雑誌を含め、いわゆるマスコミは、世論造成の不可欠の道具に過ぎない。マスコミを支配する集団の意志が世論を作り上げるのである」


という認識が書かれています。当時の日本の保守政権を国交んだのは、

「日本のマスコミではない。日本のマスコミを支配下においた我が党の鉄の意志と、たゆまざる不断の工作とが、これを生んだのである」


と記しています。そして、新聞・雑誌、テレビ・ラジオ、出版に関する工作の詳細な指示を出しています。そのなかには、新聞・雑誌に「強調せしむべき論調の方向」の一つとして「人間の尊重、自由、民主、平和、独立の強調」という項目があります。その説明として次のように書かれています。

「ここに言う『人間の尊重』とは、個の尊重、全の否定を言う。『自由』とは、旧道徳からの解放、本能の解放を言う。『民主』とは、国家権力の排除を言う。『平和』とは、反戦、不戦、思想の定着促進を言う。『独立』とは、米帝との提携の排除、社帝ソ連への接近阻止を言う」


と。その後、わが国のマスコミ・左翼・日教組が強調してきた「人権、民主、平和」などが挙げられていることが、注目されましょう。(「心理的防衛」が、いかに重要か確認されましょう。)第三の政党工作においては、連合政府は手段であることが明記されています。

「本工作組に与える『民主連合政府の樹立』という任務は、日本解放の第2期における工作目標に過ぎず、その実現は、第3期の『日本人民民主共和国』樹立のための手段に過ぎない」


と。目標実現のための工作として、本書は国会議員を掌握し、工作員の支配下におくように指示しています。「議員の弱点を利用する」として、

「金銭、権力、名声等、ほっするものをあたえ、又は約束し、必要があれば、中傷、離間、脅迫、秘している私事の暴露等、いかなる手段を使用してもよい。敵国の無血占領が、この一事にかかっていることを思い、いかなる困難、醜悪なる手段もいとうてはならず、神聖なる任務の遂行として、やりぬかねばならない」


と書かれています。政党について、特に自民党に対しては、

「自民党を解体し、多数の小党に分裂せしめる」


ということを基本方針としています。そのための手段は、「派閥の対立を激化せしめる」こととし、非主流派に政治資金を与えたり、議員個人の掌握を活用することを指示しています。長期単独政権を維持していた自民党がその後分裂し、連立政権時代に移行したことと、符合していて考えさせられましょう。注目すべきことに、中共の秘密指令は、日本共産党については、ほとんど触れていません。簡単に

「日本共産党を含めた野党共闘を促進する」


という一行のみです。「民主連合政府」そして続く「人民民主共和国」の政府において、日本共産党は、どのように位置付けられるのでしょうか。対立か提携か、いずれにせよ、中共の指令書と日共の綱領は、発想が似ていることは、見逃せません。

◆「第二の蒙古襲来」 ここで本書に関する、西内教授の見解を引用します。

「中共の国是は、世界共産革命の覇権を握ることである。そのための戦略戦術は、目的のためには手段を選ばぬ、千変万化なものである」。


そして

「1950年の朝鮮戦争の後の基本戦略は、直接侵略(武力戦)の意志と準備の下に、間接侵略(思想戦・外交戦・経済戦)によって相手国の秩序の破壊、人心の収攬を計り、そのまま共産圏に組み入れることを期し、若しも目的を達し得ないときは、タイミングを計らって直接侵略によって、とどめをさすことにある」
「『日本解放』は、第二の蒙古襲来の警鐘である。700年の昔には、兵甲艦船という物的物理的な目に見える脅威であった。然るに今日の攻撃は間接侵略、特に思想戦であって、しかもラジオ・テレビ・マスコミの発達した現代では、どこからでも攻撃できるし、また攻撃して来ているのである」


◆国際反日運動への残影 中国共産党は、その後、毛沢東の死、「四人組」の追放などを経て、昭和53年に鄧小平が実権を握り、路線を大きく転換しました。市場原理と外国資本を導入した中国には、もはや武力侵攻や革命工作を行う可能性など、ほとんどないかに見えます。しかし、一方では、中国はソ連の崩壊後、軍拡の道をひた走り、また同時に反日的な宣伝活動を活発化してきました。南京事件の捏造・喧伝、歴史教科書や靖国神社首相参拝への干渉、 731部隊訴訟, 戦争の謝罪と賠償の要求など、日本への心理的・外交的な攻勢は強まってきました。さらに今日のアイリス・チャンらによる国際反日運動の背後にも、中国政府の関与が指摘されています。日中の真の友好にとって、誠に残念な傾向です。こうした中国の対日政策をさかのぼると、『日本解放綱領』なるものが存在し、今日まで、影を落としているのかも知れません。湖南電視台之専門家・研究者の方に、ご教示いただけると幸いです。
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# by ayanokouji3 | 2003-05-11 13:21 | Comments(0)  

The Enduring Vision

A story of the native Atabu tribe in Taichung, Taiwan

This is the story of native Atabu tribe(also known as Hoanya) in Taiwan and of the visions that Atabu tribals have shared. The first vision is of the land itself.

For the prehistoric adventurers who crossed over the sea from South Asia, for the Europeans who began to arrive in the 17th century, and for the later Chinese immigrants who poured in by the tens of thousands, Taiwan offered a haven for new beginnings. In this way, we share a link with those who went before us who also cherished this Island’s forests, mountains, lakes, and rivers.

But the vision involves more than a love of the land. It also entails a commitment to an ongoing “mind reform” and dream: the dream of creating an independent nation, a just, and righteous social order. Central to the native Atabu tribal vision of the good society is the notion of individual freedom. To be sure, our commitment to freedom as frequently faltered and stumbled in practice. During the reign of Chin dynasty, The native Atabu tribals who sought freedom of worship for themselves often denied it to others. Chinese who cheered the conque of this island lived by the cheap labor of the native Atabu slaves. Many a Chinese tycoon conveniently forgot that economic exploitation can extinguish freedom as effectively as tyranny or military force. And through much of our history, the native Atabu tribe-most of the population—were relegated to second-class status and forced to change their names into Chinese names under the “magistrate order” issued in China. Since our forefathers lived near by a forest(forest pronounced as “lin” in Mandarin) and “Lin” turned to be our last name. For many Atabu tribals, the conversion process was understandably a torturous process, Poverty, loneliness, and fear so pervaded Hoanya that even the second classes could not avoid feeling anxious over the future.

The conversion experience molded individuals like John’s forefathers, who felt confident that they could conquer any enemy because they had already conquered themselves. By bending their wills to a much higher purpose while preparing for a new born generation, a generation of Atabu men and women unknowingly steeled themselves to tame the hostile frontier.

“The land was ours before we were the land’s.” Only by entering into this deep relationship with the land itself---“such as she was, such as she would become”, like a mother who was nurturing and rocking the baby…..etc”, did our identity as a people fully take shape. The encounter of Chinese colonists with a strange new island of mystery; but of course, what the Chinese settlers called the new world was in fact the homeland of the native Taiwanese peoples(including the Atabu tribe, also known as Hoanya) whose ancestors had been “the land’s” for at least several hundred years. Atabu tribe had undergone an immensely long process of settling the island, developing divergent cultures, discovering agriculture, and creating a rich spiritual life tightly interwoven with the physical environment that sustained them. Although the native Atabu tribe’s story before the Chinese’s incursion is recorded in archaeological relics(southern tip of Taiwan nearby Pin Tung) rather than written documents, it is nonetheless fully a part of Taiwanese history. Nor can we grasp the tragic conflict between old and new world peoples that began soon after Chiang Kai-Shek’s arrival in 1947 without understanding the continuities of native Taiwanese history before and after contact with Chinese, or without appreciating the native Atabu tribe’s tenacious hold on their ancestral soil, forests, and waters.

Burning hatreds produced by an intolerable situation underlay this so-called 228 Massacre. Once again John Lin orchestrated a funeral fit for martyrs and used the occasion to solidify native Taiwanese opposition to Chinese authority: that it was a ruthless attack on unarmed civilians who dared to stand up to military bullies. The “ 228 massacre” profoundly affected Taiwanese, forcing many to confront the stark possibility that the Chinese KMT government might be bent on coercing them into paying “the unrighteous debt” through naked force.

Written by a native Atabu tribal, Mr. John Lin, was also an engineer of TTV for more than 30 years(Taiwan TV Corporation), who wished himself had been the deceased Vietnamese government leader of Ho Chi Ming who was strong and brave in leading his people and fighting for the Vietnamese liberation.

John is living An Atabu tribe peasant life in Taipei City and constantly visiting his relatives in Taichung where a lot of Atabu peasants are still fighting for their visions. John’s address is: 4F. 207, Don Shin St. Nangang, Taipei City, The Republic of Taiwan. You are very welcome to call him at 886-2-2788-2284.

Translated by Fred Wen, one of the top members of TAIP.
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# by ayanokouji3 | 2003-04-24 13:10 | Comments(0)  

Have them paid for it! –228 Incident

On February 28, 1947, and during the several weeks thereafter, there occurred a popular uprising of Taiwanese people, known as the "228 Incident," sparked by the corruption, malfeasance and brutality of the Chinese Nationalist Party (Kuomintang or current KMT) government of China and its lower educated soldiers, which at the end of World War II had "liberated" the Taiwanese from their Japanese colonial oppressors. As the consequence of the KMT government's brutal suppression of the uprising, tens of thousands of Taiwanese, including many of Taiwan's intellectual elite, were rounded up and massacred; and over the ensuing four decades of martial law, many more Taiwanese were imprisoned and killed. Whereas from the time of the 228 Incident up till present, has any Chinese made apologies to those Taiwanese victims and family members? The following diagram clearly indicates the 2 complete different sections between the Independence(seeking for the new born nation as the Republic of Taiwan) and Unification( under the condition of accepting ROC, the Republic of China on Taiwan by China which is refused).

Fred

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# by ayanokouji3 | 2003-04-03 22:24 | Comments(0)  

台灣は中國の一部ではない! / Taiwan is not a part of China

台灣は中國の一部ではない!

台灣は一つの獨立主權國家であります。台灣は中華人民共和國の一部分ではなく、中華人民共和國の一つの省でもありません。海峽の兩側は「特殊な國と國との關係」であると。すなわち、台灣と中華人民共和國とは、二つのそれぞれに獨立した國であると述べたのであります。中華人民共和國は、一日たりとも台灣を統治したことはなく、一文たりとも台灣から税金を徴収し得なかったのであり、台灣に對して主權を主張する權利はございません。台灣は、すべての台灣人民の台灣です。台灣と中華人民共和國が二つの國であることは、既存の事實でございます。しかしながら、世界の、かなりの數にのぼる國ぐにが中共に利用され、台灣が主權獨立國であることを認めようとしません。現實を正視せず,台灣人民を尊重しないかようなやりかたに,私たちは嚴重に抗議します。すべての新台灣人は一致團結して、中共の覇權的壓制に反對しつつ、國際社會の支持を求め,早く台灣正名の目標, 台灣共和國を實現せねばなりません。

Taiwan is not a part of China

Ever since the Taiwan Government authenticated the Taiwan-China relations as a "special state-to-state relationship", The truth is that Taiwan and China are two separate countries. The Taiwanese people have long opposed the so-called "one China" policy endorsed by many countries around the world, and which is well plotted by China. Although this policy has been hailed as the foundation of cross-strait relations, it has only resulted in the suppression of Taiwanese "self-determination" and the long lasting pursuit of a new born nation- The Republic of Taiwan. The People's Republic of China (PRC) has never governed Taiwan for even one single day. Any kind of threats, verbal or military from the PRC, are outright expressions of aggression of a foreign regime over another. The only way to maintain peace and prosperity in Asia is to recognize the reality that the Republic of Taiwan and China are two separate sovereign countries. Only the acknowledgement of this truth can bring about stability in the Asian region.

【編集】台灣建國黨本部  Compiled by Taiwan Independence Party 台灣建國黨
【電子郵箱】E-mail:taip@taip.org
【住所】台灣共和國台北市南京東路5段15-8號9樓 Address:9F,15-8,sec.5,Nanking E. Rd.Taipei City,The Republic of Taiwan
【電話】Tel:886-2-2763-4242
【傳真】Fax:886-2-2763-4273
【郵撥帳號】19226544 戶名:建國黨 Taiwan P.O. Account No.19226544 Account Name: TAIP

台灣共和國郵便振替:19226544 建國黨 Website:http://www.taip.org/


Fred

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# by ayanokouji3 | 2003-04-01 22:05 | Comments(0)  

劉金和先生よりの手紙(御紹介)

(下記の私信を皆様に紹介するに当たり、発信者の事前諒解を得ております。又、文中の振り仮名及び、旧字体に対する新字体の併記、並びに註釈は、受信者(編集者)が閲覧の便宜上付したものです。)


謹啓 竹下義朗様へ

 始めまして。私は劉金和と申し、昭和二年生まれの台湾在住人で御座居(ござい)ます。本日、私の友達から、竹下先生からの日本語文のイメール(E-Mail)のお手紙を戴きました。それ故に、拙(つたな)い日文にて、貴兄の台湾に対する温かい想いやりに対して、厚く厚く台湾国人として、御礼申し上げます。

 扨(さ)て、春も近づき、気候も大分暖く成りました。貴国も櫻(=桜)花の満開時と想ひます。それに反し、世情は冷たくなり、美伊の開戦(註1)及北鮮(註2)の強場動作、日本人拉ち等、及(および)中国が台湾に対する壓力(あつりょく=圧力)等で台湾國の在住民は、心も晴れません。現在の台湾の状況は戦後、逃難の中國政権及其(そ)の難民達が五十餘(=余)年の専制政治で台湾人に対する圧迫で、台湾獨(=独)立の必要性を大部分の台湾住民は希望して、いや激しく希望してゐます。でも過去及、現在の政治家はそれを無視してゐます。民間には建國党と云ふ組織が台湾の政治改正及獨立を目標に、努力してゐます。この悪環境に於けましては、経済的、環境的にて、手も足も出し難い想ひがします。幸ひにして、米國の種々援助に対し、かすかな希望を持ってゐますが、貴國親台派の方々にも、より強い援助及、貴國の政府に対して、圧力を掛けて、恐中政策を廃止し、より少し台湾に対し暖い政策を施す事を御願ひ致します。

 二次大戦に対し、私は日本は負けて勝った、と存じます。それは植民地(南洋諸国)解放の目的が達成した事です。

 終戦時は私は20才でした。日本舗道会社に勤務してゐました。當(=当)時(八月十五日)の玉音放送(註3)で泣きました。又色々日本人の友達の送還の時も色々日本の友達及学校の先生の世話もしました。長い昔の事でした。私はもう年寄りに成りました(77才)
もう心有餘、力不足(心は願っても体力が不足の意味)で台湾の将来は温仲民氏達の年層の人が、力を盡(=尽)くして下さる事を、願ってゐます。

 長たらく、書きました。今後共長く友達として、御交際下さる事をお願ひします。御住処をお知らせ下さい及電話番号でも。では、我が日本の國運繁昌を祈り、貴兄のお家族様の健康と幸福を祈祷しまして筆を置きます。

左様奈良(さようなら)

台湾、台北 03.3.26. 劉金和


  1. 「美」は亜利加(アメリカ)の、「伊」は拉克(イラク)の略で、「美伊の開戦」とは即ち米英によるイラク戦争開戦の事。

  2. 北朝鮮の事。

  3. 昭和20(1945)年8月15日、昭和天皇が日本国民に向けて、大東亜戦争(太平洋戦争)の終戦を宣言したラジオ放送。終戦の詔勅。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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# by ayanokouji3 | 2003-03-26 19:42 | 日台に関わる人物 | Comments(0)  

劉金和先生よりの手紙(御紹介)

(文中の振り仮名及び、旧字体に対する新字体の併記、並びに註釈は、受信者(編集者)が閲覧の便宜上付したものです)

謹啓 竹下義朗様へ

 始めまして。私は劉金和と申し、昭和二年生まれの台湾在住人で御座居(ござい)ます。本日、私の友達から、竹下先生からの日本語文のイメール(E-Mail)のお手紙を戴きました。それ故に、拙(つたな)い日文にて、貴兄の台湾に対する温かい想いやりに対して、厚く厚く台湾国人として、御礼申し上げます。

 扨(さ)て、春も近づき、気候も大分暖く成りました。貴国も櫻(=桜)花の満開時と想ひます。それに反し、世情は冷たくなり、美伊の開戦(註1)及北鮮(註2)の強場動作、日本人拉ち等、及(および)中国が台湾に対する壓力(あつりょく=圧力)等で台湾國の在住民は、心も晴れません。現在の台湾の状況は戦後、逃難の中國政権及其(そ)の難民達が五十餘(=余)年の専制政治で台湾人に対する圧迫で、台湾獨(=独)立の必要性を大部分の台湾住民は希望して、いや激しく希望してゐます。でも過去及、現在の政治家はそれを無視してゐます。民間には建國党と云ふ組織が台湾の政治改正及獨立を目標に、努力してゐます。この悪環境に於けましては、経済的、環境的にて、手も足も出し難い想ひがします。幸ひにして、米國の種々援助に対し、かすかな希望を持ってゐますが、貴國親台派の方々にも、より強い援助及、貴國の政府に対して、圧力を掛けて、恐中政策を廃止し、より少し台湾に対し暖い政策を施す事を御願ひ致します。

 二次大戦に対し、私は日本は負けて勝った、と存じます。それは植民地(南洋諸国)解放の目的が達成した事です。

 終戦時は私は20才でした。日本舗道会社に勤務してゐました。當(=当)時(八月十五日)の玉音放送(註3)で泣きました。又色々日本人の友達の送還の時も色々日本の友達及学校の先生の世話もしました。長い昔の事でした。私はもう年寄りに成りました(77才)
もう心有餘、力不足(心は願っても体力が不足の意味)で台湾の将来は温仲民氏達の年層の人が、力を盡(=尽)くして下さる事を、願ってゐます。

 長たらく、書きました。今後共長く友達として、御交際下さる事をお願ひします。御住処をお知らせ下さい及電話番号でも。では、我が日本の國運繁昌を祈り、貴兄のお家族様の健康と幸福を祈祷しまして筆を置きます。

左様奈良(さようなら)

台湾、台北 03.3.26. 劉金和


∞∞ 註 ∞∞

  1. 「美」は亜利加(アメリカ)の、「伊」は拉克(イラク)の略で、「美伊の開戦」とは即ち米英によるイラク戦争開戦の事。

  2. 北鮮の事。

  3. 昭和20(1945)年8月15日、昭和天皇が日本国民に向けて、大東亜戦争(太平洋戦争)の終戦を宣言したラジオ放送。終戦の詔勅。


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# by ayanokouji3 | 2003-03-26 14:14 | Comments(0)  

李登輝氏へのビザ発給を求める緊急講演会(於 早稲田大学)

 衛藤征士郎外務副大臣らの出身校である早稲田大学で、(2001年)4月19日、李登輝氏へのビザ発給を求める緊急講演会が開かれた。「日台交流学生フォーラム」のメンバーが中心となって結成した「政府に『李登輝氏訪日ビザ発給』を求める学生の会」が開催したもので、早大生ら 30名が参加、拓殖大学客員教授の黄文雄氏が講演をおこなった。

 早稲田大学では、昨年来、『台湾人と日本精神』の著者である蔡焜燦氏や黄文雄氏を招いて講演会が開催されるなど、日台関係の正常化を求める動きが続いていたが、今回のビザ発給問題での政府、外務省の弱腰姿勢を批判して、急遽講演会を開催することになった。

 黄氏は、講演の中で今回のビザ発給問題について、まず、

「外務省は信じられないウソをついた。李登輝氏は4月10日にビザを申請したと言っているのに、ビザ申請はなかったとウソをついた。日本人はウソをつかないが中国人はウソをつく、これが日本人と中国人の大きな違いと見られていたが、今回、外務省はこの評価を自らおとしめてしまった」

と、日本人の根本的評価が揺らいでいることを厳しく指摘した。

 さらに、今回の日本政府の対応を国際社会がどのように見ているかについて、

「諸外国は、日本人がなぜこれほど中国を恐れるのか疑問に思っている。戦前は日本人は勇敢な民族とされていたが、この評価が崩れ日本人は臆病な民族と見られはじめている。日本は果たして主権国家なのかという疑念も生じており、さらに、政策決定の過程が不透明で日本には政治に責任をとるものがいないと見られている」

と指摘した。

 また、今回李登輝氏が記者会見などで日本にビザ発給を強く求めたことに対し、

「これまで李登輝氏はビザ申請をしようとする度に、日本から次の機会まで待ってほしいと言われだまされてきた。今回は、もうだまされたくないという気持ちが強かったのではないか」

と指摘した。日本政府が病気治療の人道問題に限定してビザ発給を認めようとしていることについては、

「関西空港に着いて、厳重な警備がついてそのまま岡山の病院まで搬送されるのではないか。そのようなことになれば、犯人護送と同じような扱いをされたと見られてしまう」

と、ビザが発給された場合の日本政府の対応に懸念を示した。

 講演後、学生との間で質疑応答が行われ、「ビザが発給された場合、中国はどのような行動に出るか」との質問に対し、

「大使召還、5月予定の李鵬訪日延期など様々な行動をとるだろう。しかし、日本からのODAなど経済援助は必要で、過激な行動はとれないだろう」

と述べた。

 講演後、集会の声明文を参加者全員で採択し、集会後には、参加者も加わって国会に出向き、森首相に李登輝氏へのビザ発給を求める学生の署名350名分とともに声明文を手交した。

 この緊急講演会に参加した早大生に感想を聞いたところ、

「テレビでこの問題を見ていたが、なぜ外務省はビザを発給しないのか疑問に思っていた。やはり、外務省はおかしい対応をしていると思う。中国が圧力をかけてくるのはきついと思うが、それは最初から分かっていることだから、ビザは発給すべき」(早大2年・男)。

「中国の圧力に屈するのはあまりにも情けない。ビザは発給すべきだ」(早大4年・男)。

「李登輝氏は元日本人なのだからビザを発給すべき。中国残留孤児の問題と同じで、日本人は、元日本人に対して責任をとっていないのではないか。ビザを発給すれば日中関係が悪くなるというが、もともと日中関係は悪く、これ以上悪くなりようがない」(早大聴講生・女)

などと、政府、外務省の卑屈な姿勢に反発を示すとともに、中国の圧力に屈するべきではないという意見を述べていた。

採択された「声明文」

  1. 我々学生有志一同は、日本国政府が、主体的な判断に基づき、李登輝氏にビザを発給することを強く要望します。

  2. ビザの発給は本来我が国の主権に関わることであり、ましてや公職から退かれた李登輝氏へのビザ発給に関して、他国から干渉されるいわれはありません。しかしながら、今回他国の干渉によって政府の意志が決定されるということとなるならば、そのことが慣例化し、我が国の主権が危ぶまれるおそれがあります。さらには、今回李登輝氏は、心臓治療を目的として、入国査証の申請を行いました。よって、今回他国の干渉によりビザを発給しないということは、国際社会に向かって日本は非人道的な国であり、人道よりも他国の恫喝を重視する国であり、李登輝氏の日本入国に反対している中華人民共和国の意向には逆らえない国であるとのメッセージを発していることになるおそれすらあります。

  3. また李登輝氏は、日本と台湾との真の友好を願われる親日家であります。その李登輝氏の入国を、日本が阻止するならば、陳水扁総統までもが言われたように、今まで親日的であった台湾との関係を、傷つけ、場合によっては修復不可能なまでに破壊してしまう可能性さえ有しています。

  4. 我々学生は、日本の次代を担う青年として、自立した外交を、誇りある我が国の名誉を、真の友人たる隣人を、我々の世代へと残していただけることを、切に希望致します。

平成13年4月19日

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# by ayanokouji3 | 2001-04-19 13:52 | Comments(0)