尖閣の領海・領空侵犯を繰り返す「中国」は、日本にとっての匈奴である!

 いきなりで何ですが、日本固有の領土である尖閣群島(以下、単に「尖閣」と略)周辺の領海、領空を「中国」(支那)の艦艇・航空機が侵犯した事案は一体どれ程あったでしょう? ほぼ毎日の様に侵犯事案が報道されている昨今、我々日本国民は「なんだ、又か?」と言った感じで半ば神経が麻痺してしまっており、一々回数等数えていないと言うのが実情でしょう。ましてや、領海の外側に広がる接続水域や排他的経済水域(EEZ)への艦艇接近侵入、領空の外側に広がる防空識別圏(ADIZ)への航空機接近侵入ともなると更に頻度は増えます。私は此処迄(ここまで)「侵犯事案」と書きましたが、これも神経が麻痺しての表現であり、実際には領海・領空に対する故意且つ確信犯的な侵入なのですから「侵略」と表現するのが妥当だと言えるでしょう。この様な「侵略」を日々繰り返している「中国」は、歴史的にも国際法的にも全く領有権を有していない尖閣に付いて、「我が国固有の領土であり、確信的利益である」とか「中日間に領土問題が存在する事を日本政府は認めよ!」等と嘯(うそぶ)き、それでも安倍新政権が自らの主張に応じないと見るや、連立政権与党である公明党の 山口那津男代表の訪中を利用して「領有権問題は未来の世代に解決を委(ゆだ)ねる可(べ)く棚上げ」する言質を引き出して揺さぶりを掛けました。然(しか)し、これは抑(そもそ)も尖閣に関して日中間に領土問題が存在する事が大前提であり、日本固有の領土である所に、後から「中国」が一方的に何の根拠も無い儘(まま)、領有権を主張してきた経緯を勘案すれば、「棚上げ論」に日本が応じてしまう事は、日本が「尖閣は日本固有の領土」であるとする看板を下(お)ろす事に他ならず、一時的に尖閣を巡る両国間の緊張状態が緩和されたとしても、中長期的に見れば取り返しの付かない重大な禍根を将来に残す事になります。その「中国」が両国間の緊張を更に高める極めて危険な行為に及んでいた事が此処(ここ)へ来て明らかとなりました。2月6日、日本政府は1月30日午前10時頃、尖閣北方の東支那海公海上に於いて、海上自衛隊の「むらさめ」級護衛艦「ゆうだち」(DD-103 基準排水量 4,550t)が3km先を遊弋(ゆうよく)する「中国」人民解放軍海軍の「江衛(ジャンウェイ)-Ⅱ」級フリゲート艦(基準排水量 2,250t)より射撃管制用レーダーの照射を受けたのです。(詰まり、早い話がミサイルや火砲による攻撃目的で「ロックオン」されたと言う事) 軍事の世界に於いて射撃管制用レーダーの照射は「攻撃予告」(攻撃の前段階)と看做(みな)され、照射された側が対応措置として先制攻撃しても何ら問題が無い程の危険な行為なのです。今回の行為が「中国」政府或いは共産党指導部の指示によるものなのか、或いは当該艦の艦長の独自判断によるものなのか、将又(はたまた)、「中日開戦」を声高に叫ぶ軍の独走(暴走と言い換えても良い)によるものなのか、この際、その様な事はどうでも良い事ですが、只一つだけ言える事があります。それは、「中国」側の行動は日増しにエスカレートしており、まるで、日清戦争(First Sino-Japanese War)、支那事変(日華事変,日中戦争 Second Sino-Japanese War)に次ぐ、「第二次支那事変」(Third Sino-Japanese War)の開戦を望んでいるかの様であり、日本側が好むと好まざるとに関わらず、「中国」側は「日中開戦」に至る「パンドラの箱」を開こうとしているのです。

 米国の作家アンブローズ=ギンネット=ビアス(Ambrose Gwinnett Bierce 1842~1913以後消息不明)は代表的著書『悪魔の辞典』(The Devil's Dictionary)の中で、

「平和・・・二つの戦争の時期の間に介在する、騙(だま)し合いの時期」

と述べ、支那の小説家であり思想家でもあった魯迅(ルー=シュン 1881~1936)も評論集『墳』収録の論文「摩羅詩力論」の中で、

「平和と言うものは、人間の世界には存在しない。強(し)いて平和と呼ばれているのは、戦争の終わった直後、又は未(いま)だ戦争の始まらない時を言うに過ぎない」

と喝破(かっぱ)している様に、「平和」とは戦争と戦争の間の「束(つか)の間の平穏な時期」に過ぎず、一旦は「棚上げ論」により「平和」が訪れたとしても、孰(いず)れ必ず再び緊張状態 ── 最悪の場合は「戦争」 ── が訪れる。その時期を一時的に先延ばしにしたに過ぎない訳です。ですから、今現在、尖閣を巡って両国関係が、戦後国交回復(実際には「国交回復」では無い。蒋介石の中華民国と断交して、毛沢東の中華人民共和国と「国交樹立」したのだから)以来最悪レベルにあるとしても、日本は絶対に自らの主張を崩してはいけませんし、例え戦争状態に突入する事になるとしても一歩も引いてはならないのです。この様な主張をすると「竹下は実際の戦争を知らないから、こんな主張が出来るのだ!」等と非難する向きもあろうかと思いますが、彼(か)の「東洋の眠れる獅子」 ── 西太后が事実上の女帝として君臨した王朝末期の清国は、阿片戦争の敗北以来、英仏を初めとする西欧列強に嘗(な)められ、次々と領土を蚕食(さんしょく)され半植民地化されていきました。詰まり、弱肉強食の国際社会に於いて、他国に対し弱みを見せてはいけないのです。何故なら、周辺諸国はその成り行きを見ていない様で実は注視しており、日本がある国 ── 「中国」 ── の理不尽な要求をその強圧的な態度により受け入れてしまったら、「右に倣(なら)え」の如く他国も日本に対して多かれ少なかれ似た様な態度で接してくるであろう事が国際常識だからです。ましてや、日本は「中国」だけで無く、北鮮・韓国・ロシアと言った敵国・仮想敵国と軒(のき)を接しているのです。(言い方を変えれば、日本は治安の悪い地区に居を構えている様なものなのである) 詰まり、「中国」に対する譲歩は独り「中国」に止(とど)まらず、北鮮・韓国・ロシアに対する譲歩と同義である ── その様に考え、その事を踏まえた上で行動せねばならないのです。ところで、冒頭から長々と持論を展開してきましたが、昨今、尖閣に対する「中国」の常態化する領海・領空侵犯や一触即発の事態を招きかねない挑発的行動を見るに付け、私には現在の「中国」が、「日本にとっての『匈奴(きょうど)』である!」様にしか見えないのです。では、「匈奴」とは一体何なのか? それに付いて触れたいと思います。

 「匈奴」とは、支那の夏代(それ以前の三皇五帝時代から共)から支那北方、モンゴル高原から中央アジア北方のステップ地帯に勢力を張った遊牧騎馬民族であり国家の事です。時代々々で、「葷粥(くんいく,ヒュエンツュク)」(夏代)、「鬼方(コイファン)」(殷代)、「獫狁(けんいん)」(周代)、「匈奴(フンナ)」(漢代)等と漢字表記は異なりますが、孰れも同一の民族・国家を指(さ)していたものと考えられています。民族的にはモンゴル系或(ある)いはテュルク系(「テュルク」とはトルコの事である。今でこそトルコは小アジア(アナトリア)に国を構えているが、故郷はモンゴル高原であり、長い期間を要して西へと大移動したのである)とされ、4世紀に西ローマ帝国を滅亡に追いやったゲルマン民族の大移動を誘発、東は現在のロシア南部から西はドイツ・ドナウ河畔、北はバルト海沿岸から南は北イタリアに至る広大な帝国を築いたアッティラ大王のフン族も南北分裂後に西遷した北匈奴の末裔とされています。(西暦48年に分離独立した南匈奴は後漢と同盟して北匈奴を攻撃。その結果、北匈奴は後漢の勢力圏から西遷し「悦般(えちはん)」、「エフタル」と名を変え、ヴォルガ河の東方から「フン族」として欧州に侵入したと言われている) この匈奴は支那人の中華思想から見れば北方の蛮族 ── 「北狄(ほくてき)」 ── でしたが、支那の戦国時代、列国間の戦争にも深く関与すると同時に、文化的にも影響を与え、戦国七雄(当時、有力だった秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七ヶ国)の内、北の辺境にあった趙を軍事強国に押し上げる為、時の君主・武霊王(在位 紀元前326~298)をして匈奴伝来の胡服騎射(馬上から矢を射る為、馬に跨(またが)れる様にズボンを採用)の戦法を導入せしめた程です。その戦国時代も始皇帝(秦王在位 紀元前246~221,皇帝在位 紀元前221~210)の秦による天下統一で幕を閉じ、支那は新たに王の中の王「皇帝」の治める秦朝、そして、短期間で滅亡した秦に代わって、天下を再統一した劉邦(漢の高祖:在位 紀元前202~195)の漢(前漢)へと時代は移(うつ)ろいます。その中で北方に勢力を張っていた匈奴は、度々、支那列国が築いてきた防衛線であり事実上の国境線でもあった「万里の長城」を越えて南侵し、国人や農作物を略奪していきました。そして、遂に匈奴と漢との歴史に残る重要な戦いが起きます。

 紀元前200年、劉邦は匈奴に対する防備として代(現山西省北東部)に腹心の韓王・韓信(通称は「韓王信」)を赴任させますが、匈奴の盛強さを間近に見た韓王信は戦う事の無謀さを知り、匈奴との和平を劉邦に進言します。然し、この進言は聞き入れられないばかりか、韓王信は逆に皇帝の命に背(そむ)いた反逆者の烙印(らくいん)を押され、命の危険さえ覚える事となります。そして、遂に韓王信は漢を見限り、自ら率いていた軍勢諸共(もろとも)匈奴へと亡命。匈奴の君主・冒頓単于(ぼくとつぜんう)は韓王信の兵を加えた総勢40万もの大軍を率いて、漢領の太源(現山西省太原市)へと侵攻します。この匈奴の侵略に対し、業(ごう)を煮やした皇帝・劉邦も躬(みずか)ら32万に及ぶ大軍を率いて平城(現山西省大同市)に出陣、匈奴軍を迎え撃ちます。然し、劉邦よりも冒頓単于の方が一枚も二枚も上手(うわて)、戦上手(いくさじょうず)でした。匈奴軍はわざと弱兵ばかりで漢軍の攻勢に押されて退却している様に見せ掛け、劉邦の本隊を敵地深く誘い込んだのです。そして、劉邦が気付いた時には補給も援軍も更には退路さえも断たれ、白登山(現山西省大同市)で四方から包囲されてしまいました。孤立し絶体絶命の劉邦軍は7日間に亘(わた)って包囲された挙げ句、遂に冒頓単于の妃(君主号を「単于」と称すのに対し、妃は「閼氏(えんし)」と称す)に贈り物をする事で包囲網の一角を解かせ、そこから命からがら首都・長安(現陝西省西安市)へと逃げ帰る惨敗を喫しました。これが世に名高い「白登山の戦」である訳ですが、劉邦軍の惨敗もさる事乍(なが)ら、この戦が残したもの、そちらの方が深刻でした。漢は皇帝が天下を治め、「漢帝国」と呼ばれる事もある支那歴代王朝(中華帝国)を代表する王朝です。それは「漢字」や「漢方」、更には「漢民族」の様に、「漢」が支那の代名詞として用いられる程、後世に多大な影響を残した王朝であり時代であった事からも窺(うかが)えます。その「中華帝国」漢が、「北狄」匈奴に敗れたのです。戦後、「敗戦国」の君主である劉邦は「戦勝国」である匈奴に対し、毎年、貢納物を献上せねばならない屈辱的な和平条件を飲まされ、以後、漢は第7代・武帝(劉徹)の代迄、70年余に亘って匈奴に対しては弱腰外交に終始、匈奴の属国と言う地位に甘んじる事となったのです。

 扨(さて)、「白登山の戦」を通して、漢と匈奴の関係に付いて述べた訳ですが、これはその儘、現代の日本と「中国」の関係にも当て嵌(は)まるものです。即(すなわ)ち、漢を日本に、匈奴を「中国」に当て嵌めれば・・・海と空の国境線を越えて尖閣周辺の日本領海・領空を侵犯してくる「中国」は、正に万里の長城を越えて度々、漢領へ侵入した匈奴そのものです。その様な「中国」に日本が軍事的に敗北したり、いや軍事的敗北を喫しない迄も外交面で屈服する様な事にでもなれば、劉邦が冒頓単于に誓わされた様な理不尽且つ屈辱的な和平条件を飲まされ、その後、長期間に亘って日本は「中国」の事実上の属国の地位に堕(お)とされる事は必定(ひつじょう)です。日本は戦後、大東亜戦争の敗戦国として戦勝連合国より「日本軍国主義」を柱とする一方的な歴史観を押し付けられ、内にあっては自らの民族・国家に対する誇りを抱かせる事を阻(はば)む「自虐史観」(と言う一種の宗教であり信仰)をつい最近迄信奉させられてきました。その間、60有余年。その自虐史観を払拭、洗脳された日本人の意識を覚醒せんと欲する安倍晋三総理の「戦後レジュームからの脱却」が第二次安倍内閣の発足で再起動しようとしている矢先、「白登山の戦」後、匈奴に屈服させられた漢と同じ立場に立たされる様な事にでもなれば、今度は60有余年では済みません。百年、二百年、いやそれ以上の長きに亘って、日本は「中国」の身勝手且つ自己中心的な歴史観に呪縛され、「中国の軛(くびき)」に翻弄される事でしょう。我々現役世代のみなせず、子や孫、更にはその先、後々の世代に迄禍根を残す、その様な事が決してあってはならないのです。その点からも、我が日本は決して「中国」に屈してはなりませんし、事と次第によっては一戦交える覚悟と決意を「中国」に示さねばならない。そう、私は思うのです。
竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本文は平成25年2月6日、ウェブサイト『帝國電網省』に於いて発表したものです)
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# by ayanokouji3 | 2013-02-11 21:26 | Comments(0)  

尖閣問題について

 東支那海における中国軍によるレーダー照射事件は尖閣問題がエスカレートして行く途中の一段階に過ぎないように思われる。

 この問題に効率的に対処するには、法律を捏ね繰り回すのではなく、有事の際の総理大臣による超法規的措置あるのみである。

 このことが安倍内閣に課せられた外交・内政上の大きな課題となることであろう。

 強い国家意思を示し続けることが事態の悪化を防ぎ、また、有事の際も遺憾なく国の力を発揮出来るものと期待する。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2013-02-10 21:25 | Comments(0)  

日台交流について-2

 森鴎外は明治・大正期の軍人・文人であり、短期間乍(なが)ら台湾に滞在、また、長男の於菟(おと)は台北帝大の医学部に長期に亙(わた)り勤務した。

 最近、森於菟の孫に当たる人の著書を読み、鴎外の曾孫として、2008年公開の映画「1895」を機縁に、台湾の人々との交流を新たにしていたことを知った。素晴らしいことである。

 日本人の欠点は自制・自省の心が強く、萎縮してしまうことであり、特に過去の歴史認識においては似たり寄ったりの否定的見解を共通のものとしている。

 日台交流を通じて、正しい歴史認識を各自が追求して行くことは大いに意義がある。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2013-01-30 20:43 | Comments(0)  

日台交流について-1

 2012年の1年間の日台間の往来は、台湾から日本へ160万人、日本から台湾へ135万人と、併せて300万人近くの相互訪問があったという。十分な交流実績である。

 小生はこれ迄の人生で多くの台湾人に遭遇して来たが、台湾人程、表面的にではあるにせよ、価値観を共有出来る人達はいなかった。中国人や韓国人とはかなり趣を異にしているのが台湾人である。

 世界各国、それぞれの政治・経済事情があるけれども、本当に相互理解が可能なのは日台あるのみである。

 今更取り立てて言う必要はないかも知れないが、自民党の新政権に求めるのは、日台提携の強化および発展である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2013-01-17 21:12 | Comments(0)  

年頭所感

 平成24年12月16日投開票の衆院選挙に於いて、3年3ヶ月に及んだ政権与党民主党が大敗を喫し、野党に甘んじていた自民党が歴史的大勝を収め、政権に復帰した。政権交代のプロセスは民意を汲む選挙ではあったが、私は後世の歴史家が「12月16日の政変」と命名しても不思議では無いものと考えている。

 そして、「平成24年末の大政奉還」から年が明け、平成25年の幕が開けた。

 日本では安倍晋三氏が吉田茂以来二人目となる首相への再登板となり新政権が始動した訳だが、周囲を見渡せば、北鮮の金正恩、ロシアのプーチン、「中国」(支那)の習近平、そして、韓国の朴槿恵と指導者の総入れ替えが完成する。これを機に日本外交の仕切り直しが期待されるのだが、問題はそう簡単では無いだろう。

 「中国」に限って見れば、尖閣を巡る鬩(せめ)ぎ合いは偏(ひとえ)に、「中国」の国内事情に主要因(共産党政権の腐敗や経済的格差等)があるのだから、日本もそれを汲んだ外交政策を取る可きだ、と言う主張を耳にする事がある。然し、国内事情は「中国」にのみある訳では無い。当然、日本にも日本の国内事情がある。詰まり、一方的に日本が相手のお家事情を忖度し譲歩する必要は無いのである。更に言えば、「中国」の国内事情は「中国」自身が解決す可き問題であり、日本が自己犠牲して迄「中国」を助ける必要も又、無いのである。

 「中国」は一言で言えば、「周回遅れでやってきた帝国主義国家である」と言える。

 日本は戦後、世界有数の軍隊である「自衛隊」を保持し乍らも、「専守防衛」の自主規制を設け、他国との紛争解決に唯の一度も武力行使した事は無い。翻って「中国」はどうであろうか? 一千年間も侵略支配してきたベトナムに対して反省する事も謝罪する事も、ましてや賠償もする事無く「懲罰」と称して軍事侵攻(中越戦争)したし、南支那海の領有権問題で係争するベトナム・フィリピンに軍事的恫喝を加え、日本の直ぐ隣の友好国、台湾に対しては「武力解放」すら公然と口にしている。その事もあってか、「中国」の圧力を受けている諸国からは近年従来以上に日本の「再軍備」(軍拡)への期待と同盟関係締結が模索されている。「日本の防衛力強化は亜細亜近隣諸国の疑念と反発を惹起する」等と言ったプロパガンダがよく叫ばれるが、だとしたら、フィリピンの閣僚が公然と日本の再軍備を歓迎する旨発言した事実を一体どう解釈し受け止めれば良いのだろうか?

 「アジア近隣諸国」とは日本が現在対立している「中国」・南北朝鮮と言った「特定亜細亜」だけでは無い。台湾・東南亜細亜諸国、そして、太平洋諸国も 「アジア近隣諸国」なのである。それら特定亜細亜以外の諸国の日本を見る目は特定亜細亜諸国とは全く異なる、その事を我々日本国民は自覚す可きであるし、被害者面している「中国」が実はチベット・東トルキスタン(ウイグル)・南モンゴル(内蒙古)を侵略占領し、元来主権どころか領有権すら存在しなかった満州を火事場泥棒的に公然と占有している事実にも目を向ける可きである。更に言えば、日本の直ぐ隣の隣国で、然も世界有数の親日国である台湾と国交が無い歪な関係を是とする我が国の状態。この是正無くして日本の、そして東亜の安寧はもたらされない。

 親日国、台湾と日本の間に国交が無い事は前述したが、その台湾が尖閣に勝る共劣らぬ「日本の生命線」である事に一体どれ程の日本国民が気付いているのだろうか? 尖閣を「中国」に取られれば次は必ずや沖縄本島が危ない。然し、それにも況して日中両国の間に「緩衝地帯」として立地する台湾が「中国」に飲み込まれる様な事になれば、日中両国が国境線を直接接し対峙する状況になり、そうなれば日本は尖閣や沖縄本島どころかシーレーンを押さえられる事になる。将棋に例えれば正に王手、日本は万事休すである。それ故、日本は台湾の自主独立を断固として担保しなくてはならない。その為にも、日本は足枷となっている憲法9条を改正、いや廃棄し、自衛隊を正規な軍隊として認知し、更に集団的自衛権を認め、台湾を含む親日的近隣諸国との間に相互安保条約を締結せねばならない。

 そして、それを為し得る可能性があるのは現時点では第二次安倍内閣のみである。故に、我々は第二次安倍内閣が長期政権たるよう支え、日本の、そして東亜安寧の為の基として存分に辣腕が振るえる体制の構築を見守らねばならない。そう思うのである。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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# by ayanokouji3 | 2013-01-01 22:44 | Comments(0)  

日台の役割について

 29日付の朝日新聞オピニオン欄に、日本人の韓国政治学者が韓国社会の高齢化を指摘し、韓国が「老いるアジアの民主体制として、持続可能な先進モデルを日本や台湾とともに示せるか」とする意見が載っていた。

 この表現を裏返せば、日台に出来ることが韓国には出来るか、という意味にも取れるが、要は国民に根付いた社会システムの問題であり、一部階層による搾取・収奪を事とする韓国の特殊事情があるべき姿への阻害要因となるということである。

 さて、最近も、日本に住む台湾人から、台湾の景気が日本同様かなり悪いことを耳にしている。世界同時不況の様相を呈して来ている現状では、捗々しい話は殆どないものの、日台がアジアを先導して局面打開の糸口を探ることとなれば、大いに結構なことである。

 折しも日本では自民党政権への回帰が実現した。次の台湾総統選迄の間、同政権が継続するという条件の下、雌伏八年の後に、真に親日的総統の選出に台湾の有志が力を致すことを願うのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-12-30 21:41 | Comments(0)  

選挙結果と今後について

 今回の選挙結果を齎(もたら)したものは尖閣・竹島・北朝鮮ミサイル等の外圧であった。

 隣国が挙って日本の右傾化を心配して呉(く)れる限り、新政権は安泰の位置にとどまることだろう。

 その意味では、新政権は中韓政府等の利己的な危惧・懸念に耳を傾けつつ、予定の段階を踏んで行かねばならない。

 経済好転の後に精神作興を図る道に期待するのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-12-19 21:01 | Comments(0)  

解散・総選挙について-3

 昨日期日前投票に行って来たが、おおよその結果が予想される選挙手続を国民が踏むとして、これから先のことが懸念される。

 諸問題の漸進的解決は当然であり、次の段階への誘導を如何に行うかがより重要である。

 果たして国民および政治家に覚悟ありや否や。

 綺麗事にとどまらない、遥か先を見据えたシナリオに基づく決定・断行が求められる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-12-08 21:12 | Comments(0)  

解散・総選挙について-2

 総選挙の日付が確定したことにより、テレビの討論番組が面白くなって来たのは結構なことであるけれども、商店主の呼び込みよろしく、表面的な政策のみを競い合うのは如何(いかが)かと思われる。

 国威発揚と経済回復を同時に行わねばならぬところに新政権の舵(かじ)取りの困難さがあるが、政治家自身が評論家に徹している趣(おもむき)があるのは困ったものである。

 今は手の内を明かさず、政権担当後に徐々に信用を得て行くといった形が望ましく、そのためには或(ある)程度の政策上の矛盾点や社会各層の犠牲は止(や)むを得ない。

 日本再生はかなり先のことになるものの、試行錯誤の過程に漸く入ることが判明しただけでも大きな進歩というべきである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-11-23 21:23 | Comments(0)  

解散・総選挙について-1

 党首討論における野田首相の解散の日付明示により総選挙が一層近まって来たのは大変結構なことである。

 世の中に漂う「澱み」を一掃するには総選挙しか残されていないが、新たに政権を担当する党も首相も何れはかなりの苦境に陥ることが予想される。

 民主党政権の3年で社会の内部矛盾が更に炙り出され、解決すべき課題が指摘されるだけで、目に見えた進捗の段階に入っていないように感ずる。

 政界全体が早期に禊を受け、再出発することを切望する次第である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-11-14 21:30 | Comments(0)  

石原氏の国政参加について

 見出しにすれば「石原氏立つ」という感じの同氏の都知事辞任表明および国政参加への決意表明であった。

 同氏の都知事としての業績評価には種々あるが、功が罪を上回ったものと思う。新銀行の失敗は一種の公共事業と思えば良い。

 それにしても、政治のテーマが細分化され、アバウトな議論が出来なくなり、大物政治家の出る幕がなくなった御時世で同氏の出馬は期待出来る。

 憲法問題を前面に打ち出すという姿勢にあれこれ注文をつける輩とは手を組むべきではない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-10-30 21:21 | Comments(0)  

台湾との絆について

 今年の夏・初秋は韓国・中国の蛮行の一方で台湾との絆が深まることにはならず、台湾漁船・監視船の出動により気まずく嫌な流れとなってしまった。

 台湾の指導者がしっかりと抑えなければならなかったし、日本の指導者もまたこれを察知し、防止しなければならなかった。

 幾等(いくら)日台間で深い交流があったとしても、一旦事が起これば、日中間と異なることはない。

 台湾との「絆」といった言葉自体が白々しく感じられるのである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-10-17 22:34 | Comments(0)  

外交・内政について

 今年の8・9月は韓国・中国の暴挙に振り回され、日本国民に動揺が拡がった一方、民主党凋落が顕在化したことと自民党にやや展望が見えて来たことで、内政の危機は階段の踊り場で踏み止まっている観がある。

 先行きの目処が立たない尖閣騒動は、中国という虎の緒を踏んだというよりも、盲蛇に怖じず、或は長期的に見れば、怪我の功名ということとなるかも知れない。

 日中関係はいずれは今回の如き事態に至ったことであろうから、早期に関係悪化を招来し促進したという点では一定の評価に値する。荒療治の結果、膿を出し切って関係が聊か治癒するや否やは次の政権の力量次第である。

 次の政権に求むべくもない幻想を抱く国民は多くないと思われるため、マスコミの粗探しに影響されない地道な政権運営を望むのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-10-07 17:53 | Comments(0)  

安倍晋三氏の再登板について

 某氏より勧められ、永田町で催された安倍晋三氏の講演会に出席したのは昨年12月6日のことであった。

 当時同氏は体調良好に見えたが、かくも早く再登板が実現するとは思わなかった。秘めたものがかなりあったのだろう。

 総選挙を待つ迄もなく、同氏は日本国民の心を整えるための準備に入るべきである。その上で首相となったあかつきには、景気を2007年当時に回復させた上で、マスコミ対策を万全なものとすれば小泉氏並の長期政権は見込める。

 復活への静かな執念を感じさせる再登場である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-09-27 20:49 | Comments(0)  

尖閣騒動について

 尖閣関連の騒動は依然として続いているが、執拗な韓国の方が暴戻なる「支那」に比べ、まだましだということとなった。

 今回あらためて感ずることは、日本は軍事面で米国の庇護下に組込まれており、自らの意思では膺懲が出来ないということである。

 その点では中国政権は米国を大いに突き上げる方が効果的であろうが、度を過ぎると不審の目で見られる。

 日本としては時間稼ぎをし乍ら、短期的に態勢を整え、長期的には体制を一新して、来るべき日のために備えるほかはない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-09-22 00:11 | Comments(0)  

中国抗日デモについてー2

 日本の尖閣諸島国有化に反発し、中国の80以上の都市で過去最大規模の抗日デモが行われました。一部は日系企業を襲撃し、被害が広がっています。一部の参加者が、日本料理店を襲うなどしたが、現地の日本人への直接の被­害などは伝えられていない。

 現地の日本料理店に警戒感が強まっており、店舗の営業中止などの動きが広がっている。 中国在住の日本人の間では不安や動揺が広がっている。万一に備えて外出を控える日本人も多く、日常生活で息苦しさを感じる機会も増えています。

 長期滞在者が約5万6000人と世界最大の日本人コミュニティーを抱える上海。市内の日本人が多く暮らす地区では、数百人のデモ隊が高層マンション群に押しかけた。そのうち数人が日本食品などを扱う小さなスーパーのドアを蹴り、ペットボトルと石を投げつけた。周囲のマンションのベランダからは、日本人が不安そうにその様子を見つめていた。

 小学生/中学生の頃、父が電気蓄音機でいつもかけていた戦時歌謡曲/演歌の中で自然に少し覚えてしまった曲が何曲かあります。そんな曲を今夜から順に唄ってみたいと思います~~~~~愛国行進曲!!! 人の記憶って不思議ですね。

 今の腰抜けどもと違って昭和の日本人は勇ましいな。日本は尖閣に有志が日の丸を揚げた。これは、始まりである。

フレッド(台湾人、台北在住)

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# by ayanokouji3 | 2012-09-18 23:13 | Comments(0)  

中国抗日デモについて

 尖閣三島国有化を受けての中国抗日デモは一線を超え、燎原(りょうげん)の火の如く拡大、深刻な状況として報道されている。

 国会閉会中、総裁・代表選の只中であれば、官僚任せ、現地任せとならざるを得ない。

 日系企業や在留法人にとって憂慮すべき事態であろうが、元々リスクのある国・経済であるから、致し方ない面はある。

 中国の国家・人民に対する正当な認識を新たにする良い機会である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-09-16 22:15 | Comments(0)  

総裁・代表選について

 自民党総裁選と民主党代表選の動きが対照的で、前者に勢いが感じられるのは当然であるが、自民党も余程(よほど)腰を据えて政権奪還に臨まないと同じことの繰返しとなる。

 思えば、小泉氏後の自民党では3名、政権交代後の民主党では3名の首相が誕生したが、政権担当期間はそれぞれ一年内外に過ぎなかった。

 客観的に見れば、同じ政党内で保守層から3名、リベラル層から3名の首相が出たといった恰好(かっこう)に過ぎない結果とはなった。

 国民全体に虚脱感が拡がっている中、「維新」の着手は興味深いことであるが、実効があがるのはかなり先のように思われる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-09-04 21:43 | Comments(0)  

歴史認識について

 領土問題について小手先の対応を行う前に、韓国側の懇望に応じ、慰安婦問題の見直しを図ることが必要である。これには歴史認識の修正を要する。

 宮沢氏(インテリ)・河野氏(二代目)、村山氏(転向者)による国益に反する「談話」や金大中氏の甘言に騙された小渕氏(お人好し)の妥協策、それらを受け継いだ小泉氏以降の諸政権の数々の失態を反省した上で、今こそ歴史認識を総括する絶好の機会である。

 現政権は、まどろっこしい説明ではなく、上記「談話」を否定し去れば良い。

 民主党政権に果たして否定し去る度胸ありや否や。自民党政権の後に華々しく誕生した民主党政権の断末魔の時期にかかる英断を下すことになれば、野田氏の功績は永久不滅のものとなることだろう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-08-24 18:08 | Comments(0)  

領土問題について

 竹島・尖閣問題は新たな局面を迎えたようで、実は同じパフォーマンスの繰返しである。それだけ日本が重要視されているからであろう。

 相手の強がりに対しては、「毅然とした対応」ではなく、時間をかけて様子をみる方が良いと思う。

 領土問題に関しては、日本は一部返還や共有等の妥協をせず、原則を貫き、筋を通すべきである。

 「百年河清を待つ」ことこそ、日本国に相応(ふさわ)しい。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-08-16 12:03 | Comments(0)  

福祉社会について

 福祉社会が既に到来しているにもかかわらず、そのことを認めず、却(かえ)って批判する人達がいる。それは無理解・無知識によるものである。

 福祉事業は公共事業と異なり、建築物といった形に見えるものではないので、弱者救済のための窮余の一策と映るのである。

 福祉社会の動向が日本の将来を決定することは明らかであり、国民としては、傍観しつつも否定はしないという態度が望ましい。

 国の財源が枯渇したとき、国のあり方の新たな模索が始まり、一定の枠組みの下に社会の変容と真の再生が図られるに違いない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-08-05 20:15 | Comments(0)  

尖閣問題について

 尖閣問題は何を今更(いまさら)という趣(おもむき)があり、全く議論の余地はないと思うのであるが、在日中国人の見方は異なり、日本人を見れば、議論を吹きかけたくてうずうずしている連中がいる。

 また、『大紀元時報』を指して「台湾側の中国に関する陰謀記事を集めたもの」と評する者もいる。

 かかる手合いとは議論しても始まらないから、尖閣問題は両国の内政問題として、お茶を濁しておくことである。

 個人レベルで興奮して彼此(かれこれ)騒いでも、所詮床屋談議の域を出ないのである。この点、語学に興味があり、中国人と或(ある)程度仲好くなった初心者諸君は特に気を付けることである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-07-27 19:40 | Comments(0)  

在留カードについて

 外国人に新たに交付される在留カードでの台湾人の国籍欄が中国から台湾に変わったという。

 台湾人としての独自性が認められたということよりも形式面での変更ではあるが、個人にとっては意義あることに違いない。

 日本における台湾人の活動が余り目立たないのは、メディアの報道が不足しているということより、日本の生活に溶け込んでいるからではないかと感ずる。

 台湾人何の某として、あってなきが如き存在というのは奥床しいものがある。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-07-17 22:06 | Comments(0)  

民主党の党内対立について

 原発事故の洗礼を受けた民主党は、消費税への取組で分裂を招いているが、冷静に考えれば、政権交代後3年間も良く分裂せずにやって来たという感じがする。

 何時(いつ)の時代も先が見えそうで見えないのが政策の遂行のネックとなる。何でも反対・何でも批判を野放しにしていれば、何事も動かないのである。

 民主党は仲好し倶楽部から脱皮出来ないことから、折角の大勢力たるメリットを先行き生かせないこととなる。

 旗幟(きし)を鮮明にした者の除籍は勿論のこと、不満分子は全て離党勧告するという勇断があって然(しか)るべきである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-07-10 21:58 | Comments(0)  

中国に対する関心について-5

 日中間に存在するトゲは尖閣・靖国・南京の3点セットであり、これは国家外交上の問題のみと長い間感じていた。

 先日、10年前から面識のある同年輩の中国人から、真面目(まじめ)顔で南京についての見解を質(ただ)されたのには驚いた。庶民レベルでも日中関係の悪化が進行しているという一例とも言えるが、小生に気を許したからと思われる。

 一方国が問題提起を続ける限り、歴史認識の克服に時効はない。昭和20年8月当時の支那・満州における日本の兵力・兵員数が200万もあったということを考えてみれば、その8年前の事件が何故(なにゆえ)に特筆大書されて来たのか、未(いま)だに不可解である。

 余談乍(なが)ら、面識ある韓国人達からは警戒されているらしく、慰安婦問題について一度もたずねられたことはない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-06-30 20:57 | Comments(0)  

中国に対する関心について-4

 日中共同世論調査の結果を待つ迄もなく、日本人の対中観は一頃に比べ一層厳しくなっているのは間違いないものの、その裏面にあるものは、領土問題を通して、日本の国威を発揚したいという日本人の願いがある。

 正確に言えば、国威発揚の前に、日本の領土である尖閣にケチをつけられたくないという当然の思いであり、これをテコにして、20年間の停滞ムードを一掃したいという向きもあると感ずる。

 中国の方も四分五裂を避けるためには、外交による国内的求心力を保つことが共産党政権持続の一策である。それを日本側が逆利用することに、稚拙と言われて来た日本外交の巻き返しを都政が乗出して迄狙って行かざるを得ないとは、実に皮肉なものである。

 中国に対する関心がマイナス面で続く限り、石原氏の努力も報われない。全てが事後の措置に追われ、先手必勝の策を取れないからである。稀少資源の出し惜しみや人質確保等の嫌がらせは免れないであろう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-06-23 20:54 | Comments(0)  

中国に対する関心について-3

 台湾人の中国に対する関心について言えば、血筋面で対岸の福建あたりと親戚という面と商売相手という意味以上のものは余りないのではないかと憶測する。

 南シナ海領有権問題における台湾の消極的態度について、台湾は台湾であり、中華民族ではなく、中国と連携する必要がないとの見方が妥当であろう。

 それにしても、台湾の人々が辛抱強いのは、蒋介石政権当時の政策に耐え、国連脱退の国難にもめげず、頑張って来た底力があるからである。

 日本人の中国に対する見方と台湾のそれとが自ずから異なっているのは、国民性の違いによるものが大いにある。台湾人の見方は非常に参考となる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-06-17 22:51 | Comments(0)  

中国に対する関心について-2

 日本に住んでいる中国人にとって母国のことは気になる筈であろうが、昨今の中国関連のニュースは仕方がないと諦めている向きがある。

 そうした中、共産党幹部の家族の海外逃避が増えているという記事があった。思えば、1997年の香港返還が事前に確定した頃、気の利いた香港人の多くは海外に経済拠点を移したものの、返還前に殆(ほとん)どの人が香港に戻って行った。

 小生はその当時の雰囲気を思い出すにつけ、事が取沙汰されているときが最も議論が白熱するということをあらためて考えるのである。

 中国の国内政治の混乱は最早(もはや)所与のことであり、これが故に国内外の賢明な庶民が右往左往することはない。中国人が総じて大国の民たる所以(ゆえん)である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-06-07 22:00 | Comments(0)  

中国に対する関心について-1

 中国の経済が峠を越え、政府内部の闘争が激化している状況下、一般的に中国に対する関心は却(かえ)って高まっていると思われる。

 日本人は冷静に中国および中国人に相対して来たのであるが、今後もその路線を続ける必要がある。

 たかが中国、されど中国という考えは日本人の頭の中には既にインプットされている。台湾人もそうである。

 歴史認識の分野では、中国政府自体、かなり演じている面があり、これが韓国と異なり、些(いささ)か救いのある点である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-05-27 22:39 | Comments(0)  

台湾よりのメール紹介

 台湾より次のメールが届いた(原文の儘)。台湾には素朴な心を持ち、日本のことを親身になって考えている人が多い。日本には日本人ではないような人々が少なからずいることと対照的である。

「君が代より海ゆかばが国歌にふさわしい。非常に荘厳で美しい旋律です。1937年の歌だからかなり新しい。軍歌国歌鎮魂歌(特攻)というより、当時は「愛国歌」に近いか。

 もし台湾の国歌として歌広く若者に聞いてほしい。正しい意味を伝えてほしい。南洋太平島守備隊・南洋諸島解放 ありがとうございます。台湾人に生まれて幸せです。

 馬英九国民党売国政府に、静かな怒りを持続しましょう。尖閣守備の海保のみなさん、ありがとうございます。しんでも尖閣が日本領です。」

 さて、馬総統支持率2割とは日本の野田首相と同程度であるが、電気料値上げで下落というのも、何となく似通っている。馬総統が選挙にFacebook利用で罰金というのも締まらない話である。日台共に相似形ではないか。

 日本においても「日本人に生まれて幸せです」と思っている人は多いのだろうが、うまく表現出来ないだけであることを祈るのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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# by ayanokouji3 | 2012-05-19 22:42 | Comments(0)