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古川氏との懇談について

 昨日、久方ぶりに上京し、古川氏と学士会館にて会食しがてら懇談した。

 小生がウェブサイト『帝國電網省』を開設したのは、平成9(1997)年2月21日の事。その3年後、古川氏と知己(ちき)を得て、爾来(じらい)、今日に至る迄、良き理解者且つ支援者として、小生を支えて頂いている。

 又、小生が開設した本ブログ『日臺一宇』を見れば、お分かりの通り、小生がウェブサイト『帝國電網省』に専念する代わりに、古川氏が主に『日臺一宇』に寄稿すると言うスタイルが定着、今日に至っている事を鑑(かんが)みれば、古川氏の功績甚だ大なる事は論を俟(ま)たない所でもある。

 古川氏のバイタリティと観察眼は、小生も一目置く所である。

 国内に於いては、第二次安倍政権の下(もと)、安全保障関連法制推進を軸に、去る8月27日の「いずも」級ヘリコプター搭載護衛艦(ヘリ空母)二番艦「かが」の進水等、国防政策が粛々と進んではいるものの、国外に目を転じて見れば、相も変わらず、反日政策を採っている朝鮮・支那、そして、北方領土を占領しているロシアと、日本が枕を高くして寝て等いられない状況が続いている。

 『帝國電網省』開設より18年。その間、歴史認識の補完再考は、当時と比べれば考えられない程、是正されつつあるが未だ途上にある。後発のウェブサイトの相次ぐ誕生で、最早(もはや)、「老舗(しにせ)」の部類に入る『帝國電網省』は、後身に道を譲って引退しても良いのかも知れない等と時折思う事もあるが、シールズ等と言う左翼反社会勢力が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する百鬼夜行の現代に於いては、まだまだ、その役割少なからずと自らに言い聞かせて、これからも、古川氏との懇談を通じて受ける多くの示唆を噛み締めつつ、『帝國電網省』並びに『日臺一宇』を継続していこうと、改めて思った次第である。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2015-08-30 21:29 | Comments(0)  

竹下氏との懇談について

 竹下義朗氏との関係は、平成12(2000)年秋に小生がメールで「帝國電網省」につき所感を伝えたことから始まった。平成15(2003)年秋に品川で初めて面談、それ以来、平成20(2008)年2月の台湾行を含め、少なくとも年に1回は東京地区での各種行事の折、面談している間柄である。

 8月29日、神田錦町の学士会館で食事・喫茶、じっくりと意見を交換することが叶い、有意義であった。夙に憂国の思いを抱き、「帝國電網省」等を通じて歴史認識の是正に取組まれて来た同氏との面談における小生の意見は下の通りである。

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 昨今の中国における波乱の様相や韓国における反日傾向の進行につき、そのひとつひとつの現象を見れば、自業自得のさだめに翻弄される哀れな隣邦という印象が強い。

 我々日本人のつとめとは、寛仁大度の態度を以て困った隣邦の動きを冷静に観察すると共に、日本国が隣邦における面倒な問題に巻き込まれても狼狽せぬよう、「備えあれば患えなし」の法的整備を行うことを全面的に支持することである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2015-08-29 20:47 | Comments(0)  

戦後70年談話について

 BSフジのプライムニュースでの四夜(8月10~13日)に亙(わた)る各界論客よりの意見聴取の番組を視た後、大いに期待していた戦後70年談話の内容は、落ち着くべきところに落ち着いた。

 欲を言えば、昭和20年8月15日の終戦詔勅から、

「他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス」

という表現を引用すべきではなかったか。

 他方、興味の程度もあろうが、昭和30年前後の生まれの日本人には受け入れられるものの、昭和10年代前後の生まれであれば切実さに欠けると感じ、また、50年代前後ともなれば、意味が理解出来ない部分があるかも知れない。

 談話発表後、『村山談話』の当の御本人が70年談話が50年談話を引き継いでいないと明言していることで、悪因縁を断ち切った面もあるのは、大きな前進である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2015-08-15 18:02 | Comments(0)