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政治献金について

 野党が与党を攻めあぐね、材料に乏しい時は必ず政治献金が前面に出る。献金の是非がまたぞろ俎上(そじょう)に載(の)せられ、旬(しゅん)の話となって来た。

 政治家にとって説明責任とは黒を白と言い、白を黒と言いなすが如きものであり、雄弁を以(もっ)て対応せねばならないが、その前にどこからつつかれても良いように絶えず身辺をきれいにしておく、或(ある)いはそのように見えるようにしておくことである。

 中国や発展途上国に比し献金額の桁(けた)が小さいのは、日本で清廉(せいれん)さを政治家に求めるというよりも、政治家の集団が人気取りのために自縄自縛、がんじがらめとなっているとも言える。

 政治に携わる人々がそのレベルであることを弁(わきま)えれば、国民の側には自(おの)ずと諦観(ていかん)が備わる筈(はず)だが、政争絡みの、ためにする議論であり、事実の暴露であり、欠点の剔抉(てっけつ)であるからして、如何(いかん)ともし難(がた)いのである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2015-02-28 22:02 | Comments(0)  

新聞の論調について

 最近、新聞各紙を読んで物足りないように感ずるのは小生だけではあるまい。国内外の諸問題について、以前の、女性のヒステリーにも似た情緒不安定で近視眼的な論調の記事が殆(ほとん)ど見られなくなったのである。

 そうした論調の記事があればあるで何事かと思い、なければないで何か知らん寂しい気持にもなる。

 事実の全体を伝えず、いいとこ取りで読者を散々煽(あお)って来ていた大新聞の○○○の遠吠えや○○○○の小唄を目に見える形で聴くには、今後もあの手の捏造記事に期待するよりほかない。

 大新聞は我々日本国民にとって恰好の反面教師であり、特集・記事の内容は毎回熟読玩味しておきたい。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2015-02-14 21:28 | Comments(0)