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革命について

 楽天性を旨とするというイスラム社会に、チュニジアに続き、エジプトで革命が起こり、またリビアで分裂が始まったとの報を聞き、今度はアジアとなると中国の動向が特に気になる。

 中国での民主化集会は今のところ不発に終わっているようであるが、共産党政権としても如何(いか)にうまく収拾するかが最大命題となる。

 万一中国に革命が起これば、「辛亥」のように十干十二支で命名されるのだろうか、非常に興味のあるところである。

 現段階では民衆蜂起は難く、成り行き任せの儘(まま)時が過ぎて行くのではないかとも思われる。本当にひとたび事が起これば、隣国日本の立場はかなり危ういものとなるは論を待たざる也。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-28 21:34 | Comments(0)  

韓国人への対応について-1

 最近、或(あ)る人から韓国人への対応を如何にすればよいかをたずねられた。この道の専門家ではない小生より次のように答えた。

  1. 韓国人は日本社会において主流ではないという負い目があることの裏返しで、物事に意欲的である。これは在日も同じ。

  2. 如何(いかん)せん、性格が悪くきついので、意思疎通を図るには相当の困難と苦痛を伴う。或る程度友好的関係を結んだ後でも絶えず「メンテ」を行わねば、一朝にしてその関係が崩れる。

  3. 頭脳の回路が論理的ではないので、こちらから理路整然と話しても理解されず、のっぴきならぬ事態に陥ることもある。

  4. 要するに、「万民同胞」の観点からその存在をあたたかく迎え入れることである。

 小生もかつて韓国人との交渉事に行き詰まり、煩悶(はんもん)したことがある。その後、韓国ドラマを集中的に見た後、関係書籍、特に基督(キリスト)教の解説書を読み、更に中国人の具体的な韓国人観を知るに及び、多年の疑問が氷解した。

 今では韓国人の心情は、恰(あたか)も4コマ漫画を見るが如く、起承転結の形式で理解出来るようになった。有難(ありがた)いことである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-27 21:23 | Comments(0)  

知人の転職について

 知人より転職が決定したとの報臻(いた)る。誠に慶(よろこ)ぶべき快挙である。

 今の御時世、余程(よほど)の実力と運がなければ、求職開始後、短期間での早々の転職は難しい。

 理想論では仕事と天職とは異なるものだが、実際上は分かち難(がた)い。仕事即天職と心得た方が迂遠(うえん)な思考回路を煩(わずら)わせずに済む。

 兎(と)もあれ、経済停滞中の朗報と可謂也(いうべきなり)。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-26 21:19 | Comments(0)  

秋篠宮様の講演について

 本日、秋篠宮様の鳥類に関する講演を拝聴した。パソコン画面に基づき、上品な御声での講演内容は判り易く、皇室の一員としての風格が感じられた。

 秋篠宮様は将来の天皇の父君となられることはほぼ間違いなく、御自身が天皇となられる可能性もある。

 出席者202名、太平日本の一場面を垣間(かいま)見た思いがした。講演前の食事時、隣の席に海兵第78期の出身者がおり、戦後日本観につき暫く話した。この年輩の人々も次々に物故しているのは寂しいことである。

 皇室の弥栄(いやさか)を心より願い、帰路についたことであった。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-25 20:36 | Comments(0)  

企業「残酷物語」について

 以前は○○(有名企業)「残酷物語」といった暴露本が出回ることが少なかった。今ではそういったことも当り前となり、普通のこととして受け止められる風潮になった。

 最近、或(あ)る企業の件でその事例を知り、驚いたのであるが、現場や弱い立場の社員に皺(しわ)寄せが来るのは、どの組織でも同じことであろう。

 企業につとめることを含め、組織に属するというのは、それなりの覚悟を要する。出来れば老荘の教えに従い、自由気儘(きまま)な生活を送るのが精神衛生上良いものの、現代社会では先(ま)ず無理である。

 聡明な人であれば「残酷物語」に満ちているような企業には早々に見切りをつけ、己の進むべきと思う道を選択する。聡明でなければ、不満・恨みを抱きつつ残留する。「それもまた人生」である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-24 21:56 | Comments(0)  

直木賞受賞作について

 第144回直木賞受賞の2作品それぞれの冒頭の一部が『オール讀物』3月号に載っている。結末は読んでいないものの、芥川賞受賞2作品と比べ、読み易く、吸込まれるような感じを受けた。

 「月と蟹」は少年時代の追憶であり、「漂砂のうたう」は明治初年の遊郭を描写した作品である。以前に言及した芥川賞作品は自分の境遇と余りに懸隔したテーマであるが故(ゆえ)に辟易したが、今回の直木賞作品は懸隔したテーマであるが故に同感する点が多い。

 結局、作者の文体・力量よりも、自分の好みで作品の評価など如何様(いかよう)にでもなる。それは過去の受賞作家による選評を読んでも判ることである。

 それにしても、文名をなさんとして若い頃から呻吟(しんぎん)を重ねても重ねずとも成功する人は成功する。天賦(てんぷ)の才ということであろうが、その名声を生涯維持して行く努力の方が賞賛に価(あたい)すると思う。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-23 21:15 | Comments(0)  

テレビニュースについて

 昨日、脳科学者茂木健一郎のトークイベントに参加した。話に余り脈絡がないのは有名人なるが故(ゆえ)であろう。

 彼がテレビニュースの取上げ方に言及していた。例えば、リビア反政府デモの次に日本の田舎(いなか)で老人が猪(いのしし)に襲われ怪我(けが)をしたといったニュースが流れることに我々が疑問を覚えないのは異常であると。

 小生が昨日の夜見たニュースでは、リビアの次はパンダ来日の順であった。「友好の使者」パンダを持て囃(はや)すことに慣れている日本国民は幸せである。

 中国では人民が「散歩」のため集合したにとどまっているという。日本では政権批判はしても騒乱に及ぶことはない。日本でも国民が「散歩」することになれば、国のありようも少しはましになるかも知れない。

古川宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-22 20:36 | Comments(0)  

若い外国人との交流について

 五十半ばの高齢ともなってみれば、年配の日本人と話しても殆(ほとん)ど得るものはない。それは話が全て過去のことや常識的な事項に結びつくからである。

 若い外国人(中・韓)の場合は、荒削りで、日本のことに疎(うと)く、危うい面もある一方、未知数の部分に期待感を抱くのである。

 最近は自分で綴った中国語や韓国語の文章を彼等(かれら)に見せて感想を聞き、添削して貰うこととしている。日本人ならではの誤りに気付き、大変ためになっている。

 この歳で語学に取組むこと、また、彼等との交流により、認知症予防への効果が聊(いささ)かでもあるのではないかと考えている。小事にかかずらうこともまた楽しからずや。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-21 21:44 | Comments(0)  

成年後見制度について

 無縁社会への対応策の一つでもある成年後見制度に関するセミナーに昨日参加して来た。小生の関係する或る問題で当事者が同制度を利用することとなったためである。

 同制度は判断能力が不十分な人を支援するという趣旨ではあるが、煩雑な手続を経て開始した後見事務も死亡により短期で終了する可能性が高い。判断能力が不十分となれば、その段階で相続を開始するような法制度にすれば、二度手間が省(はぶ)けると感じた。

 利用者はこの10年間で17万人という。それにしても、かかる制度を利用する人々というのは、一体如何(いか)なる人生を送って来たのか。事例が幾つか紹介されたが、自業自得(じごうじとく)の人生だと思われた。

 高齢社会の弊害により同制度の利用が増えれば、地方公共団体や家庭裁判所も事務が一層増えることになる。活力ある社会を実現するためには、一定の線引きをして名目上の「弱者」を切り捨てる覚悟が為政者に必要ではなかろうか。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-20 21:26 | Comments(0)  

社是の解釈について

 経済停滞の現時、殺伐とした雰囲気が社会に漂(ただよ)う中、社員に前向きに取組む姿勢を求める下の社是の適切な解釈は果たして如何(いか)なるものが適切だろうか。

 一、創造
 一、挑戦
 一、信頼
 一、相互扶助
 一、愛

 聖書に関する様々な解説書の如き、文言の解釈を逆説的に行う手法をもとにして、社是を解釈すれば、次の通りである。

 「創造」「挑戦」のような進取の気性、敢為(かんい)の精神がなく、全(すべ)てを他人任せにするような者との間には「信頼」は生まれず、「相互扶助」は不可能、真の「愛」は成立しない。

 福祉まみれになって一億総障害者となり、弱体化しつつある日本人に最も相応(ふさわ)しい解釈ではないか。「愛」という言葉が気恥ずかしい向きには、これを「大和魂(やまとだましい)」に置き換えることでも良いと思う。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2011-02-19 09:48 | Comments(0)