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人間関係について-1

人間関係の根本は礼を尽すということであり、これがなければ、意思疎通は双方向とはならず、こみいった話は一層もつれてしまう。

「縁なき衆生(しゅじょう)は度(ど)すべからず」と言い、縁のない人間関係は持たぬに限るが、時としてそうした関係を誤まって或(ある)いは偶然持つに至ることがある。

学問・知識のような一定の客観的な基準のあるものとは異なり、人間の好悪は如何(いかん)ともし難(がた)いものがある。

不幸な人間関係は耐え忍ぶに若(し)かず、逃げる訳にも、簡単に清算する訳にも行かぬからである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-31 21:11 | Comments(0)  

台湾「福の神」について

NHK衛星第一の香港フェニックステレビニュースで、「初五迎財神 台大楽透上看五億」という、旧暦1月5日である本日、福の神を迎え、宝籤を買う姿を映した台湾の正月風景の紹介があった。

宝籤の当選最高額が5億台湾ドルとは日本のそれより高額であり、かかるほのぼのとした風景もまた味わいがある。

小生は宝籤は一度も買ったことはなく、他人が一喜一憂する様は羨ましい気がする。

数え54歳となったにもかかわらず、人との議論に熱中すると、依然として口角沫を飛ばすことも度々ある中、精神的な「福の神」を呼び寄せる努力を怠って来たことを深く反省している。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-30 19:33 | Comments(0)  

内鮮一体について

台湾より陳儀の陸大卒業や、蒋介石や何應欽の陸士卒業について問い合わせがあった。

手持ちの資料を読む限り、入校という表現は同じだが、日本人は陸士卒業帰隊となっているのに対し、留学生は大正迄は修業退校、昭和になってからは卒業退校という表現になっている。

日韓併合以後は、韓国学生は日本人と同じく陸士入校となり、卒業者名簿にも掲載されている。

内鮮一体を標榜した日韓併合は制度面で運用されていた点もあったにもかかわらず、両国民の精神的な齟齬と緊張関係が今に続いているのは、何とも残念である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-29 20:33 | Comments(0)  

旧正月について-2

本日は旧正月の初三(1月3日)、テレビニュースによれば、香港・台湾共に穏やかな日々を送っている模様である。

偶々(たまたま)路上で会った、知人である帰化人は、商売で忙しく余裕がなく、旧正月気分を味わうどころではなさそうであった。

旧正月が日本に根付いていないから仕方がないが、若い頃は、中華圏にせよ、キリスト教圏にせよ、風俗習慣のみならず、物の考え方・捉え方がかなり異なることに非常に興味があり、刺戟(しげき)となった。

高齢になるにつれ、そうしたことは如何(どう)でもよくなった。但(ただ)し、本場のイスラム圏には行ったことも、これからも行くこともなく、本を何度読んでも頭に入らない、全くの無縁の世界であることを知った。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-28 21:01 | Comments(0)  

国会審議について

国会議員諸氏に「寝食を忘れる」という表現は相応(ふさわ)しくないのだろうが、二次補正予算成立に関する与野党の駆引(かけひき)・思惑(おもわく)のために諸氏が活躍する姿をテレビで見て、敬服すると共に旧態依然とした民主主義の手法に疑問を覚えてしまう。

予算審議および成立は弥(いや)が上にも慎重でなければならないのは確かである。

併(しか)し乍(なが)ら、党利党略で引き延ばしや断乎反対を唱えるのは、古過ぎる抵抗手段である。

尤(もっと)も、嘗(かつ)ての社会党のような「牛歩戦術」よりはましである。あのようなことを容認していた風潮が今となっては懐かしい気もする。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-27 20:28 | Comments(0)  

陳前総統初公判について-2

台湾では国民党・馬英九氏へと政権交代した事で、民進党の前総統・陳水扁氏は報復 ──「吊し上げ」られた訳だが、裏を返せば「明日は我が身」。次期総統選で国民党が野に下る様な事となれば、馬氏とて同じ憂(う)き目を味わう事は目に見えている。とは言え、政治家の評価は任期中はおろか任期直後に定まるものでも無い。

文革で失脚・獄死した劉少奇が名誉回復したのは失脚から12年後。韓国「軍事政権の独裁者」朴正煕(パク=チョンヒ)が再評価されだしたのもごく最近の事。ましてや、陳前総統の歴史的評価が退任後一年と経たぬ間に確定しよう筈も無い。

泰平の眠りをさます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず

とは幕末、黒船来航に因(ちな)んで詠(よ)まれた狂歌だが、国民党・民進党、外省人・内省人、中台統一・正名独立、入り乱れて混沌(カオス)の中にある台湾には、国論を統一する為の「黒船」が必要。それが、ミサイル(演習)なのか、将又(はたまた)、中共空母の出現なのか。孰(いず)れにせよ、迷走中の日本と同様、台湾にもショック療法が必要な事は確かだろう。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2009-01-26 22:14 | Comments(0)  

精神主義について

高度成長時代は多くのひずみがあったものの、物量優先の意識に支えられ、単純で解り易い時代であった。

その後、社会が洗練されたのか否(いな)かは知らぬが、気配り、気遣(きづか)い、癒(いや)しといった面が強調され、差別・格差をよしとしない風潮が蔓延して行った。

小泉改革で低コスト・効率優先の路線が確立されたと思いきや、昨今はその反省に立ち逆戻りの方向を模索しつつも、現実は元のままである。

「もったいない」はもとより、「辛抱」「我慢」「根性」といった精神主義が社会の各層に復活・浸透して行けば、軽薄な輩(やから)も少しは地に足のついた生き方が出来るであろうし、大いにそれを期待している。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-26 17:17 | Comments(0)  

新聞論調について

国際金融危機が露見するや、新聞の論調には勇ましいものがなくなった一方、然程(さほど)悲観的なものも見られなくなったような気もする。

日本では政治家同士の離合集散は所与のもので、目新しくもなく、政界再編と嘯(うそぶ)いているうちは再編はないと思われる。

台湾では、政権の中国化が明白となった以上、これに迎合するか、飽迄(あくまで)反対を貫くかは個人の問題となった。

今日は図書館に赴き、一週間の出来事を日・台・香港の記事により「復習」することが出来、得るところがあった。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-25 20:07 | Comments(0)  

米国経済と日本について

米国民が挙ってマネーゲームに狂奔していた訳ではないのに、システム自体の機能不全に伴い、金融の箍(たが)が外(はず)れたことから、同国民が腰抜けとなった観がある。

新大統領に期待するところは大きいのだろうが、経済が言葉や理念だけで恢復(かいふく)する程(ほど)、現実は甘いものでない。

米国経済の凋落(ちょうらく)に大きな影響を受けているように見える日本ではあるが、何らかの救いはある筈である。

何かに縋(すが)ったり、幻想を抱いたりせず、漠然とした秕政(ひせい)を目の敵(かたき)にして、正義感・義侠心(ぎきょうしん)に根ざすエネルギーを、その是正に注ぎ込むのも意義なきことではない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-24 20:49 | Comments(0)  

旧正月について-1

来る1月26日から旧正月が始まるが、台湾人のこの季節に対する思いは、現代日本人のお盆に対する思いに比べて強いと感ずる。

嘗(かつ)てインドネシアでラマダンというイスラム正月を過したことのある小生が、インドネシア人が如何(いか)にラマダンに特別な思いを抱いているかを知り、当時インドネシアにいた台湾人の旧正月に対する思いと同様の感じを受けた。

日本人の中でも都市部の人間には季節感がなくなり、また神仏への信仰心も稀薄となりつつあるが、これは個々人の心構えにより、また家風にもよることだろう。

台湾人、東南アジアの華僑等、華人の出自を有つ者に概して親孝行の人々が多いと考えるのは、或(ある)いは先入観があるのかも知れないが、父祖の事蹟をたずね、古き良き伝統を守って行くに越したことはないのである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2009-01-23 20:57 | Comments(0)