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金融危機について-1

米国発の金融危機は、今のところ、日本にいると対岸の火事視する余裕があるが、10年前の日本の内向きな金融危機が今となってはなつかしく感じられる。

10年前の日本の金融危機は、3年間の野党・連立政権の後、橋龍という経済音痴の首相により国内経済統制不能となり齎(もた)らしたものであった。

振返ってみるに、あれは精神の荒廃以外の何物でもなかった。今の米国もまた精神の弛緩により危機を招いているのは自業自得(じごうじとく)でしかない。

日本人は米国のみならず、他国の状況を見て、「隣の芝生(しばふ)」的発想に陥ることは今暫(しばら)くはないことだろう。同病相憐(あいあわ)れむことにだけはなってほしくない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-09-30 20:34 | Comments(0)  

社会の成り立ちと政治について

この歳になって、あらためて言うのも面映(おもはゆ)い心地(ここち)がするが、この世の社会は、あらゆる毀誉褒貶(きよほうへん)・矛盾・善悪・障害等が混沌として一体化しているが故(ゆえ)に、様々な悲喜劇に翻弄される愚(ぐ)を味わう場として成り立っているということに思い至った。

薄っぺらい悟(さと)り乍(なが)ら、社会を俯瞰して見れば、かかる愚を超越することにより、新たな人生の意義も生れて来るというものである。

一方、政治に目を転ずれば、エキスとなった愚が更に凝縮して有権者の前に展開されている感じがして、政治家は世襲制が最善だと思う。

現在の社会の悪いところは、心底からの緊張感に欠けているということであり、そのことが改善・改革への意欲を掻(か)き立てることなく、現状維持を事とする輩を安穏(あんのん)とさせている所以(ゆえん)であるが、そのこと自体は必ずしも悪いことばかりではないようにも思える。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-09-29 20:02 | Comments(0)  

台湾動向について

最近、台湾の動向が明確な形で伝わって来ないのは、対中政策で意見統一がなされていないからだろうが、経済の先行き不透明ということが一番にあるものと思う。

米国発の金融危機によりアジアでどの国が最も大きな影響を被るかが見物ではある。

かかる状況下、備えを怠っていた企業・団体・個人共に淘汰されて行くのは、自然の摂理といえば確かにそうであり、致し方ない。

甚だ僭越ではあるが、台湾の各位に対し、自重自愛を望むものである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-09-27 20:16 | Comments(0)  

総選挙と米国大統領選について

麻生内閣は無難な形で発足、総選挙が何時(いつ)になるかが焦点となって来た。

米国一辺倒は確かに良くないが、米国政権が何(いず)れの政党になるかで、日本は大いに影響を受ける。

思うに、米国共和であれば、日本は自民・民主何れでも差支(さしつか)えない。米国民主となれば、日本自民しかあり得ない。

米国民主×日本民主とならぬよう、今のうちから祈ることとしよう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-09-24 22:49 | Comments(0)  

自民党総裁選に思う

自民党総裁選は麻生氏が圧勝した。与謝野氏の票が意外に少なかったのは準備不足であったのか。

民主政体というのは、中々手間がかかり、「労多くして功少なし」と感ずる。かといって独裁体制では賢くなった国民を説得することは出来ない。

卓越したリーダーに何も言わずに、全て一任するという体制が実現しないものだろうか。

それには政治を全てボランティアにすればよいが、権力に並々ならぬ執着を抱く国会議員の諸氏に対して失礼というものである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-09-22 20:37 | Comments(0)  

古い写真について

8月19日に「古い写真に思う」と題して所感を記したが、今回李叔徳氏の付した一連の説明文に2つのことを考えた。

一つは客家(ハッカ)人が伝統的に教育を重んじるということである。小生が嘗(かつ)て、シンガポールや米国へ留学して来た、祖先が広東省梅県出身のインドネシア華僑の品の良い子女に度々話を聞いていた頃、そのように実感したのを思い出す。現在日本に多く住んでいる福建省の農村出身の、下品で、読み書きはおろか、まともな標準語を話せない中年の中国人達に時折接するとき、その教育の差には驚かされるばかりである。

今一つは教育の普及と正比例して来た女性の地位向上であり、明治時代の日本の女子教育の後進性と女子に教育は不要という固定観念は今では考えられない程(ほど)のものであったことは想像するに難(かた)くない。台湾においても然(しか)り。

日本では団塊の世代以後教育の場が普及し過ぎて、飽和状態となり、少子化が進行するに及び教育産業に衰退の徴候が現われているのは、思うに勿体(もったい)ない話である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-09-21 18:55 | Comments(0)  

古い写真から-苗栗縣南庄鄉少年

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摘要:這張照片是日本時期在苗栗縣南庄鄉境所拍攝的,照片中站在左側的是徐滿福,從他頭上所戴的帽子,以及腳上所穿的日式木屐,可以看出當年日本殖民時代,日本文化對一般民眾日常生活影響之深入情形。 1935~1940 ? 徐屋之年輕人聽我爸媽說喜歡打架. 我爸也喜歡打架-我媽說的. 徐屋位於吊橋左側後面.
李 叔徳 

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by ayanokouji3 | 2008-09-19 21:31 | 日據時代的台灣 | Comments(0)  

古い写真から-台灣苗栗女性WEAR-1969 and before 1940

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摘要:這張照片紀錄的是早期省立苗栗中學校,民國37年畢業班的同學們,在畢業21年後重聚合照留影。而照片中聚會的餐廳是當時苗栗鎮上屬一屬二有名的梁園餐廳。梁園餐廳的房舍原本是苗栗政壇聞人范木蘭的宅第,後轉讓給外省移民開設梁園餐廳,位置在現今苗栗市中山路726巷內,其後梁園餐廳歇業,現址再轉讓給苗安眼科開設眼科診所。
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客家女子---年代不明
摘要:照片中兩名穿著式樣一致套裝,席地而坐的女子,是日本時期 ,有機會接受高等教育的客家女子,在當時除非是富貴人家,一般人無論男女,要接受高等教育是件不容易的事。
李 叔徳 

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by ayanokouji3 | 2008-09-19 21:27 | 日據時代的台灣 | Comments(0)  

古い写真から-出征前家族留影

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摘要:這張拍攝於1941年左右的照片,紀錄的是苗栗銅鑼芎蕉灣邱氏家族成員,在當年因為家族成員中一位叔叔即將被徵調前往南洋參加戰爭,於是家族全體在臨別前合照留影。照片中後排站立的八位年輕男子中,穿著軍裝的其中一位就是要前往南洋參戰的叔叔,而站立中間穿便服的是邱錦盛。
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摘要:這張照片拍攝於1954年,當年許多服國民黨預備軍官的家屬都會特地前往苗栗縣竹南火車站位孩子送行。這張照片就是「溫啟堂」的家人,當時特地號召族內親朋好友,並且製作了歡送入營的祝賀,並且精心製作了歡送入營的祝賀布聯,在火車車廂前為前往服預備軍官的溫啟堂送行,期盼他能一路平安順利。
李 叔徳 

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by ayanokouji3 | 2008-09-19 21:21 | 日據時代的台灣 | Comments(0)  

河野洋平氏の政界引退について-2

今回、引退を表明した河野洋平、既に引退した野中広務、そして、いまだ政界に居座り続けている(いや、既に引退していましたね)村山富市の共通点が何かと言えば、孰(いず)れも「親中派」であり、日本の政治家であり乍(なが)ら、日本の国益を損ねてきた事であろう。

古川氏が指摘している通り、河野洋平の政界引退は遅きに失した感を否めないが、それにも増して「村山談話」なる自縛論理=特定アジア諸国が日本を攻撃する上での格好の材料を提供してしまった村山富市の罪状は正に万死に値するものと言える。

「死んでくれ」と迄は言わぬが、「老害」には一日も早く政界から身を退いて欲しいものである。
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「死んでくれ」もとい「死ぬ前に」、「村山談話」は間違いであったと自ら撤回した上で、鬼籍に入って貰いたいものである。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2008-09-18 21:01 | Comments(0)