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日下公人氏・石平氏の著書について-2

中国人の国民性については、祖父や祖父の世代の人達が残した記録や資料中に書いてあることが今日にも殆(ほとん)ど適用出来るのは、小生が80・90年代に現地で実際に確認したことである。

遥かに遡(さかのぼ)って、司馬遷『史記』を読めば、かなりの数の「症例」が列記されており、それらの8・9割方は現在の中国に適用出来る。

日下・石氏対談本の内容は国家の「本性」や国民性をステレオタイプ化し過ぎ、その弊害を誇張した箇所もあるにはある。

一般の日本人が、中国および中国人の長短、即ち強みと弱みを机上で解釈を受けてもピンと来ないのは当然であり、国家戦略となると外交の専門家に委(ゆだ)ねるしかなく、その得点を享受し、失点を甘受するのは国民の側である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-30 20:37 | Comments(0)  

日下公人氏・石平氏の著書について-1

『中国の崩壊が始まった!』(日下公人・石平著、WAC文庫、6月28日発行)を読んだ。

崩壊を如何(いか)なる意味としてとらえるかで現状が崩壊途上にあるのか、事実上崩壊してしまったのか、解釈することが出来るが、共産党が完全解体しない限り、崩壊したとは言えない。

体制崩壊の前に、延命策が講じられるであろうし、他国も傍観することはないだろうが、何せ「革命」を繰り返して来た国柄である。

本書の結論としては、「中国の内乱に巻き込まれない」ことであるが、現実の対応は困難である。日中の関係においては大東亜戦争の反省を踏まえ「敬遠」外交が或る程度奏功するとしても、台湾の場合は自ら守る気概を持たなければ歴史を繰り返すことになる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-29 20:58 | Comments(0)  

腐敗懲罰・予防について-3

腐敗問題というのは、新中国発足後、経済開放迄表面に出て来なかった漢民族維持のシステム・慣習であり、懲罰・予防を徹底するには、根本的に精神構造を変えなくてはならないことになる。

懲罰・予防といった手ぬるい方法では実効を挙げることは困難というより寧(むし)ろ不可能といえるだろう。

他方、中国に進出し、漢民族の掌(てのひら)の上で自由自在に操られている各国企業は多いが、このシステム・慣習を逆手(さかて)に取るのが巧妙なやり方であり、相当苦労して来ている現地担当者はそれなりのノウハウを蓄積済であると思う。

台湾との関係においては、中国の経済崩壊が間近であれ、尚一定期間延命の余地があるにせよ、腐敗の深刻化にとどまらない国家のタガの弛(ゆる)みが如何(いか)に反映されるのか。大小の「中国問題」が台湾に直結しているのは、台湾にとって宿命というよりも大なる不幸以外の何物でもない。(此項畢)

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-28 20:06 | Comments(0)  

腐敗懲罰・予防について-2

ところで、様々な内部矛盾を抱える割に、崩壊しそうで崩壊しないのが中国であり、大義名分を高らかに謳ったスローガン通りに、安泰で発展が続くようでそうならないのが中国である。

これは丁度、各国の株式市場が下落基調一直線となりそうでそうはならず、上昇基調に入りそうで上昇しないような状況に酷似している。

日本は隣国中国の腐敗構造を批評するのは得意だが、自国の小役人の個々の腐敗事例に対しては、余りにも自虐的で下らない批評が多く、情けない。

構造的な腐敗と個々の腐敗とは別物であり、金額のケタが違うこと、また、政治体制と国民性の差による役人の役割自体が異なり、日中間では比較のしようがない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-27 20:36 | Comments(0)  

尖閣問題に思う-4

古証文(ふるしょうもん)を認めず「もぐる」のが領土問題の本質であり、理屈が通るようであれば領土問題たり得ない。

活動家の愛国心は是とするも、その行為には賛同出来ない。海上保安庁に「仕置(しおき)」されぬよう、遠方から尖閣を眺めるにとどめてほしい。

領土は国のよって立つ礎(いしずえ)であり、境界争いは国民のエネルギー源となる。

尖閣問題は安易に譲歩し、一帯を「平和の海」たらしめるべきではないと思う。 (此項畢)

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-26 19:44 | Comments(0)  

古い写真から-苗栗縣頭份公學校卒業証書

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by ayanokouji3 | 2008-06-26 18:24 | Comments(0)  

腐敗懲罰・予防について

朝日新聞に「中国共産党、腐敗懲罰・予防で5カ年計画」という記事があり、余り目新しいものはないが、「カネで官職を売買する買官売官」という箇所に目を止めた。

渋沢栄一述「論語講義」(二松学舎大学出版部、昭和50年刊)の「顔淵第十二」の一節に、「台湾にて実験せし一例」として次のような記述がある。

「支那弊政の源は賄賂にあり。・・・大官になればなるほど売買値段が高く・・・就職の上は人民より絞取して・・・買官の元金を回収し、その上に子孫の計をなし、三四年も官吏でをれば、福徳の君子となり、故郷に錦を着て帰り、楽隠居をするのが支那人の一般的理想である。」

大陸へ次々と里帰りする台湾の政治家がこれに当たらないことを望むのみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-25 20:16 | Comments(0)  

尖閣問題に思う-3

ところで、日中台共に、「腐っても鯛」の Pax Americana の体制に依然組み込まれているのは事実であり、これが機能している限り、一触即発の事態は起こらない。

戦後の日本は米国の産物で、植民地と卑下(ひげ)する向きには否定のしようがない。

他方、陰気な日本のドラマより血湧き肉躍る米国のそれに馴(な)らされた日本人の洗脳の度合は峠を越したかに見える。

併(しか)し、尖閣問題一つをとっても米国の判断次第というところに日本の危うさを大いに感ずる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-24 21:03 | Comments(0)  

尖閣問題に思う-2

つくづく考えてみれば、この問題が忘れた頃にやって来ては、ひとしきり悶着を起した後、何もなかった如く終わってしまう理由は、日中台三方共に覚悟がないからである。

日本が尖閣を要塞化して誰も近づけないようにして威信を示したり、資源開発を先行させれば、一戦を交えぬにせよ、中台よりかなりの抵抗を受けることだろう。

要塞構築・維持や資源開発にはそれなりの費用がかかるし、海戦ともなれば三方共巨額の費用がかかるのは目に見えている。

覚悟がない限り、三竦(すく)みの状態となり、この問題はせいぜいそれぞれの愛国心を涵養する絶好の「教材」たるにとどまり、恰(あたか)も利用価値のない不動産と同じ状態を維持せざるを得ない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-23 21:08 | Comments(0)  

夏目漱石の漢詩について

先日、台湾の人より日本語の書き言葉を brush up するには如何(いか)なる著作を読めばよいかたずねられたので、鴎外(おうがい)・漱石と答えたところ、手始めに漱石のどの小説が適切か、更にたずねられた。

漱石の小説自体が古典となりつつある中、その文体に親しむことに即効はないが、その「品」と洒脱(しゃだつ)さを以て幾分かの影響はあると思われる。

久し振りに「日本漢文学史」(1984年角川書店刊、猪口篤志著)で漱石の漢詩を探したところ、解説には「漱石が小説家として、明治の文豪の名を得ていることはいうまでもないが、漢詩に対する情熱は晩年に至っていよいよ昌(さか)んで、進境著しく、漢詩人として優に一家を成している。その詩はほとんど全集に収載され、解説書も幾種かできている」(589頁)とあった。

「山路觀楓(shanlu guanfeng)  石苔沐雨滑難攀(shitai muyu hua nanpan) 渡水穿林往又還(dushui chuanlin wang you huan) 處處鹿聲尋不得(chuchu lushengxunbude) 白雲紅葉滿千山(baiyun hongye man qianshan)」 読み下しでも、中国語音でも、耳に快くひびくが、この歳になって、台湾の人を通じて漱石の漢詩を想起させられるとは思いもよらなかった。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-06-22 20:46 | Comments(0)