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総統選について-3

竹下氏の「台北訪問記」に圓山大飯店が出て来たが、本日の香港フェニックステレビのニュースに、民進党政権により同飯店を9億NT$で売却し民営化するという動きを国民党が批判するというものがあった。

最近、陳総統の腹心の国防部長が辞任するという話もあったが、政治の世界というのは金銭絡みのものが多く、裏面のことは「知らぬが花の吉野山」というのが、先般台北で少し聞き齧(かじ)ったドロドロとした政治の内情であった。

国民党も民進党も同じ穴のムジナとも言えるが、うまく身を処した方が生き残ることが出来る世界でもある。

さて、総統選迄余すところ3週間、現地からの緊迫感は余り伝わって来ない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-29 20:15 | Comments(0)  

訪台所感-7

今回、旧知の台湾人に会ったとき、最も盛り上がったのは、ある日本企業の社長の出自に関する種あかしをしてみせたときであった。彼は最初驚きを以て小生の話を聞いていたが、思い当たるところがあって、道理で元々そうだったのか、と納得した。

台湾人にとって日本人はかくあるべしという思い込みのようなものは確かにある。併し、台湾に日本人離れした日本人が仮にいても、日本人の名前・風体をしておれば、疑うことはない。

日本に日本人離れした日本人が余り多くないのと同様、海外で活躍している日本人に純粋な日本人は少なく、別系統乃至出自不明の日本人が多いと小生は感じている。

余談ながら、10年以上前、香港でよく通っていた日本料理店の夫婦は二人共日本人だと思っていたが、主人は台湾人で奥さんは日本人だと後に聞いたときに、台湾人は日本人によく似ているなと感じたのを覚えている。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-27 19:34 | Comments(0)  

竹下台北訪問記-6

忠烈祠を後(あと)にした私達一行は、忠烈祠の目と鼻の先、台北のランドマーク的存在として知られる圓山大飯店(The Grand Hotel Taipei)でティータイムを取る事にしました。
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「圓山」は北京語(マンダリン)で「ユェンシャン Yuánshān」と発音するのですが、日本統治時代を過ごした台湾人の中には、今でも「まるやま」と日本語で呼ぶ事も少なくありません。因(ちな)みに、台北北郊の国内線専用空港「台北松山機場」も「まつやまくうこう」と慣用されています。
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扨(さて)話は戻り、圓山大飯店。遠くから見ると誠に以て目立つ存在ですが、近くで見ても圧巻。支那王朝の宮殿を高層化した様な建築様式は見る者を圧倒します。その上、ロビーは紅い絨毯(じゅうたん)に紅い円柱。その天井と言い、吊り下がっている提灯(ランタン)と言い、客室が階毎(ごと)に明や清の様式で統一された内装を採用されている事等、台湾の地に「中華」を再現しようとした蒋介石の意向が前面に打ち出された様なホテルと言えます。建設開業当時は、中華民国一のホテルとして、外国からの賓客が宿泊する等、一流だったのでしょうが、老朽化したお手洗いを見る限り、流石(さすが)に古さを感じずにはいられません。
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ところで、この圓山大飯店が建つ場所には、日本統治時代に台湾にあった諸神社の総鎮守として頂点にあった台湾神宮が嘗(かつ)て鎮座していました。今ではすっかり跡形も無くなり・・・と書きたい所ですが、広い通りから圓山大飯店に通じる歩道(坂道)の最初の門が、実は嘗ての台湾神宮の鳥居だと言う事を、靖国英雄氏から教えられました。写真は撮影しませんでしたが、成る程、鳥居と言われれば鳥居。ただ、痕跡はそれだけ。
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明治34(1901)年に創建され、大正12(1923)年4月12日、大正天皇に代わり摂政として政務を執っていた当時の皇太子殿下 ── 後の昭和天皇 ── も参拝した台湾神宮は、遠い歴史の彼方へと消えています。勝手な希望かも知れませんが、何時(いつ)の日か、台湾神宮が再建される事を一日本人として願っています。 (続く)

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2008-02-26 20:03 | Comments(0)  

総統選について-2

去る24日、馬・謝両氏によるテレビ討論会が催され、中国との経済関係が論議されたという。

先般、台北へ行った際、複数の台湾人から不景気の話はもとより、中国への傾斜による産業空洞化や中国進出の失敗話を聞かされた。

中国が駄目ならベトナムにという安易な考えでは、企業として中々成功は得られまい。

中国と如何(いか)に向き合って行くかはリーダーの決断一つにかかっているが、どの道を選ぶにしても平坦ではなく、その枠内で企業や個人の智恵を以てやりくりして行くしかないことは、誰の目にも明らかである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-26 18:59 | Comments(0)  

「台湾人脈」について

日本統治時代の歴史研究に関して、昭和10年頃の台北大学を中心とした人間関係に限定して分析するという、幅を狭めた人物研究方法がある。

満州人脈という言葉はよく聞いたことがあるが、当時は台湾という存在を介しても人的つながりが多くあったことを知った。

個々人が父祖の事蹟を探求して、台湾とのつながりを調べることは大いに意義がある。

小生はこれ迄の調査不足を恥じ、今後は台湾関係のことに注力しようと思う。遠い過去のことは、無味・無臭であり、一切害はないのである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-25 20:33 | Comments(0)  

訪台所感-6

「訪台所感-5」に記した台湾人宅で、唐詩を暗誦したところ、受けがよかった。別の台湾人宅では小学生が副読本としている「論語」を見せて貰った。

年々古典に対する興味は失われているかも知れないが、一面では伝統というのは守られているのだろう。

ところで、故宮博物院に展示されている清朝時代の上奏文には、声に出して真剣に読んでいる多くの入場者の視線があった。

他人はいざ知らず、小生としては、上奏文に対する歴代皇帝の親筆とされるコメントの内容に、二百年以上の経過を感じさせない人間的感情の発露を認め、印象が深かった。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-24 20:44 | Comments(0)  

竹下台北訪問記-5

扨(さて)、場所は変わり、此処(ここ)は忠烈祠(ヂョンリェツー)。大門牌樓(正門)と大殿(本殿)に立つ衛兵の交代式が名物となっていますが、陸海空三軍が日替わりで衛兵を出す習わしで、訪れた日の当番は青色の軍服を纏(まと)った空軍の衛兵でした。
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忠烈祠の前身は日本の台湾統治時代に建立された護国神社。日本国内にも各都道府県に護国神社がありますが、我々が「願い事」をしに訪れる普通の神社とは異なり、国家の為に殉じた英霊(戦歿者)を祀(まつ)り、顕彰・鎮魂する目的で建立された特殊な神社です。そして、その護国神社の頂点に立つのが所謂(いわゆる)東京九段の靖国神社である訳です。
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台北の護国神社は戦後、台湾に進駐して来た蒋介石率いる国民党政権により、神道色が払拭され、北京は故宮(紫禁城)の太和殿を模した建物に建て替えられた上で、名称も「忠烈祠」と改称されました。祀る「英霊」も日本人から支那人及び台湾人兵士に変わりましたが、機能的には日本の靖国神社と何ら変わりありません。台湾版靖国神社である忠烈祠では其処(そこ)に祀られている英霊の眠りを妨げる様なシュプレヒコール等の反対・抗議行動は見受けられず、英霊に対し静かな眠りを保証しています。

一部の左翼反日日本人や三国人・在日等が押し掛けては、度々(たびたび)騒がしくなる靖国神社も斯(か)くあって欲しいものです。 (続く)

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2008-02-23 21:04 | Comments(0)  

総統選について

22日、台湾の中央選挙委員会は総統選の候補者名簿を告示した。

23日付読売新聞に「馬氏優勢、謝氏追い上げ」「支持率16ポイント差/態度未定まだ44%」という見出しの記事があった。

台湾からのメールによれば、今後の「弁論会」(討論会)で、何れが「下火」(劣勢)となるかで、大勢が固まって行くとのことである。

余すところ1ヶ月、現地の緊迫感は如何程(いかほど)のものであろうか。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-23 20:23 | Comments(0)  

訪台所感-5

台北滞在中、旧知の台湾人宅を訪問したところ、インドネシア人のメイドがいたので、インドネシア語やジャワ語で話し掛けたところ、一層表情が弛(ゆる)んだのが印象的であった。

メイドの用意する台湾料理を賞味しながら、具材の一部は中国からの輸入品で、単純労働は外国人に依存するという台湾の現状の一面を垣間(かいま)見た思いがして、日本に相通ずるものを感じた。

17日の毎日新聞6面に「街角-台湾 外国人労働者の境遇」というコラム記事があり、「親日と言われ、日本人に優しい台湾社会」に対し、「外労と呼ばれる出稼ぎ労働者にとって、台湾は日本人が感じるほど優しい社会ではないのかも知れない」とし、調査では、その数35万7937人、うちインドネシア人11万5000人とする。

要するに低賃金とプライバシーのないような彼等(かれら)の労働条件に対し、「同じ台湾社会で暮らす別の外国人の境遇に、胸が締め付けられた」と結んだ記者の高みからの見え透(す)いた同情心には敬意を表するものの、事は然程(さほど)単純ではないということは明らかである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2008-02-18 11:48 | Comments(0)  

竹下台北訪問記-4

猫空(マオコン)空中纜車(ロープウェイ)の台北市立動物園駅をあとにした我々一行は再び市中心部へと戻り、途中、総統府(ツォントンフー)前を通過。「総統」とは日本語では「大統領」の事であり、とどの詰まり、総統府とは大統領府(大統領官邸)である訳です。

扨(さて)、この総統府、終戦迄は「土皇帝」の別称を以て呼ばれた程、強大な権限を有していた台湾総督が執務していた日本による台湾統治の中枢、台湾総督府として使われていた建物で、戦後、支那大陸から進駐してきた蒋介石総統が建物を取り壊す事無く、その儘(まま)、総統府として用い、今日に至っています。因(ちな)みに、台湾同様、日本の統治下にあった韓国・ソウルの朝鮮総督府は、総統府への流用と言う運命を辿(たど)った台湾総督府庁舎とは対照的に、韓国国立中央博物館として利用されていましたが、「日本による植民地支配の象徴である」として、平成7(1995)年、建物自体が解体撤去され、跡形もありません。
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車を運転する靖国英雄氏が、「阿扁(アーペン:陳水扁総統に対する愛称)に会っていきますか?」と冗談交じりに問い掛けてきましたが、相手はかりにも台湾の国家元首である総統。当然、アポ無しで(いや、アポを申し込んだとしても)古川さんや私が会える訳がありません。が、総統府の1階に限ると言う制限付き乍(なが)らも入館する事は我々外国人でも可能なんです。尤(もっと)も、外国人は入館するにあたり、パスポートを提示し身分を検(あらた)められはしますが・・・それでも、日本の首相官邸に一般国民が容易に入館出来ない事を考えると、何共、太っ腹と言いますか、それで良いのか?と逆に心配してしまいます(苦笑)

ところで、掲載写真は車内から撮影したものです。本当なら、車を近くに停めて、じっくりと撮影したい所ですが、靖国英雄氏曰く「総統府周辺の駐停車はノー」との事。周囲の要所々々に警備の警察官が配置されており、駐停車でもしようものなら、直(す)ぐに警察が飛んできて色々と厄介な事になるとか。まあ、総統府の傍(そば)で自動車を使った爆弾テロ等されてはたまりませんから、これは致し方無いでしょう。それにしても、交通取り締まりは日本とは比べようも無い位厳しく(当然、反則金や罰金の金額も含む)、パトカーの巡回も私の印象では日本以上でした。

と言う訳で、総統府は車内から撮影するだけに留め、我々は次の目的地へと移動しました。 (続く)

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2008-02-17 21:15 | Comments(0)