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泡茶開講@日本軍人精神の権化、その名は中村輝夫さん

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 インドネシア・モロタイ島で高砂義勇兵(第二遊撃隊に所属し歩兵一等兵)アミ族出身の中村輝夫(後にスニヨン/李光輝・1919-1979)さんが戦争が終った事も知らず一人ジャングル生活を続け、横井庄一さん、小野田寛朗さんに続いて、1974年の12月に発見され、翌1975年1月8日に台湾に戻りました。

 1945年の敗戦を以って米・ダグラス・マッカーサー(秘密結社フリーメイスンの高級幹部でもある)の指令で占領の為に賊軍・国民党の陳儀を派遣以来、台湾と日本内地の『解体劇』が始まりました。 そして日本政府やマスコミは1972年以降、支那礼賛・遠慮の為に殆ど彼を無視します。 つまり先の報道で話題になった横井さん、小野田さんと違って、表だってでは無く話題にならないようにこっそりと、見舞金200万円、閣僚のポケットマネーから150万円…こればかりはさすがに酷すぎですね。

・・・であろうことか皮肉かな『戦後ニッポン人権左翼』が騒いでくれたのでようやく台湾出身の兵士・軍属に対する補償などが1987年に行われました。 最もこの『戦後ニッポン人権左翼』たちは以前から調子付いているので、騒げば金になると中華民国による圧制下で生活する貧困層に『歪んだ知恵』を植えつけてエスカレートするわけですが、この場合日本政府の台湾島住民に対する疎遠さは彼らに対し弾圧や反日教育を裏で続ける中華民国の『報告』を鵜呑みにし過ぎでありサイコ野郎に隙を与えちゃった訳であります。

 また、発見された時はすでに日本人ではなく『中華民国の国民』とされて帰って来た台湾島は、モロタイ島で孤独に耐えながら懐かしく偲んでいた故郷とは大いに食い違ったものがあったようでした。 

 彼は都櫪という村に戻った際「小野田さんの帰郷狂騒曲」程ではないが大歓迎をされ、記念の棒球(野球)大会が行われました。  そこでなんと第一打席でホームランをかっ飛ばしたのですが、さもそれは33年間の憂さを 吹っ飛ばすような爽快さだったと。 中村さんはモロタイ島の密林のなかで想っていたのは、結婚したばかりの妻との事と選手として活躍した野球の事ばかりだとか。

 農業に従事し紆余曲折の後に復縁と相成ったものの、彼を待っているはずの妻も他の男性と再婚、病気らしい病気もしなかった彼はそんな失意の内に台湾に帰島後わずか4年で肺ガンで1979年死亡。 享年61歳の若さでした。 

「日本の皆さんにご心配をかけて…ありがとう。 機会があれば日本に行ってみたい。」

 日本を訪れることはなかった彼は・・・立派な日本軍人精神の権化だと表現しても良いでしょう。 果たして、このように我々日本人の記憶からも遠のいていって良いのだろうか?孤独や失望に耐えながらも、これはまさしくまっすぐな信条を最後まで貫き通す姿の中村さんなのだと思う次第だね。

久保田泰啓
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by ayanokouji3 | 2005-05-31 16:04 | 日台に関わる人物 | Comments(3)  

フランスの国民投票に思う

フランスの国民投票で、欧州憲法の批准が否決された。

「呉越同舟」のヨーロッパが通貨統合まで果たし、団結したことには大きな意義があったが、イラク戦争への支持では流石(さすが)に意見が分かれた。今後、EU主要国たるフランスの面子(めんつ)もあり、再投票での逆転を狙うこともあるだろうが、最終的には如何(いか)なるか判らない。

国民投票というのは、国論が二分している時に実施するのは危険である。為政者の方針が否決された場合は、政権担当能力がないとされ、国際的にもそのことが認知されるからである。

ヨーロッパとは事情が異なるものの、台湾についても、時期尚早の公民投票を行えば、それと同じ問題が出て来る。十分に準備し、慎重な対応を行う必要がある。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-30 16:21 | Comments(0)  

追いつめられた国民党 ── 国共トップ会談の示したもの

昭和24(1949)年1月、毛沢東(マオ=ゼットン)率いる中国共産党(以下、「中共」と略)との内戦(国共内戦)に敗れた国民党の蒋介石(チャン=カイシェク)総裁が首都南京を脱出し台湾へ逃避してから実に56年。平成17(2005)年4月26日、「国民党主席」として南京の土を踏んだ連戦(リエン=チャン)氏は、同月29日、北京の人民大会堂に於いて、胡錦涛(フー=チンタオ)共産党総書記(中国国家主席)と、昭和20(1945)年8月から10月にかけて行われた蒋介石・毛沢東の国共トップによる所謂(いわゆる)「重慶交渉」以来、実に60年ぶりの国共トップ会談に臨みました。この会談に於いて、中台(支那と台湾)の敵対状態を終結させ、平和協定締結を促進する等、「中国」(中華人民共和国=支那)による『反分裂国家法』(反国家分裂法)制定等で悪化した中台関係の改善と発展を目指す五項目に合意、事実上の「第三次国共合作」が為された訳です。この「第三次国共合作」によって連戦・主席率いる国民党は、蒋介石総統以来、常に台湾の政権を担ってきたにも拘(かか)わらず、民進党(民主進歩党)の陳水扁(チェン=ショイピエン)・現台湾総統によって野党に堕(お)とされた国民党の「復権」を画策した訳ですが、私はそこに国民党の凋落ぶり、更に言えば末期的症状を見た気がしました。と言う訳で、今回の「第三次国共合作」について、私なりに論じてみたいと思います。

胡錦涛・連戦会談に於いて、国共両党トップは、「一つの中国」の原則に関する平成4 (1992)年の所謂『中台合意』の堅持と台湾独立反対で一致した事を内外に表明した訳ですが、ここに国民党のある種の「限界」が見て取れます。我々は「台湾」、「台湾」と呼んでいますが、あの「国」の正式な国号は未だに「中華民国」である訳です。 宋楚瑜 「中華民国」とは大陸の「中華人民共和国」同様、本来、支那(中華)を領土として初めて成立しうる筈なのですが、現実に「中華民国」が領土としているのは、台湾島とその附属島嶼に過ぎません。そのある種の「捻(ねじ)れ」を解消し、台湾が主権独立国家である事を強く主張する為に、台湾の政権与党である民進党や台連(台湾独立聯盟)は、その国号を「正名」(名を正(ただ)す事) ── 実情(現実の領土や施政権の及ぶ実効統治範囲)に合わせて、「中華民国」から「台湾共和国」へと改称 ── する事を目指している訳ですが、第一野党の国民党及び、宋楚瑜(ソン=チューユィ)主席率いる第二野党の親民党は、あくまでも「中華民国」=「中国」の呼称に拘っています。抑(そもそ)も、「国民党」、「国民党」と呼んでいますが、こちらも「台湾」の呼称同様、正式な党名は「中国国民党」です。決して「台湾国民党」では無い訳です。まあ、国共内戦に敗れた蒋介石の「中国国民党」が一族郎党(大陸出身者、所謂「外省人」)を引き連れ大挙して台湾へと逃れ、李登輝政権に至る迄、その国是はあくまでも「大陸反攻」・「失地回復」(大陸の中共政権を打倒し、その支配権を奪還する)だった事を考えれば、分からなくもありません。彼ら国民党=外省人にとって「台湾」とは、所詮あくまでも「仮の住まい」でしか無く、いつの日か大陸へ帰還する、その日が来る迄、仕方無く台湾にいるだけと言うスタンスである訳です。

然(しか)し、国民党が台湾へ逃れて(やって)来てから、既に半世紀以上もの歳月が流れ、蒋介石はおろか、その子息で台湾における二代目の総統・蒋経国も最早(もはや)この世にはいません。いや、それどころか「外省人」とは言っても、生まれも育ちも台湾と言う三世・四世に至っては、「祖国」と言えば台湾以外には無く、今更、非民主独裁国家「中国」との統一や「祖国帰還」等望んではいません。その様に考えれば、国民党が存続する道は唯一つ。蒋介石以来の党是「大陸反攻」・「失地回復」や建前としての「中国国民党」と言う名称と決別し、台湾に於ける台湾人による台湾の為の政党、

台湾国民党

に脱皮する以外にはありません。その為には、今も尚、内省人に大きな傷跡を残し、外省人や国民党に対する強い不信の根源となっている二・二八事件に対する総括と明確な謝罪をしなければなりませんし、「中国」(中共)が固執する「一つの中国」と言う論理と決別、台湾独立派が強く主張している「一つの中国、一つの台湾」と言う論理を受け入れなければなりません。詰まり、外省人政党(余所(よそ)者)として出発している国民党が、内省人・外省人と言う「省籍問題」を乗り越え、新「台湾人」政党として台湾公民(国民)の利益を第一義に考えるか?にかかっていると言っても過言ではありません。とは言え、私は国民党の存続には極めて懐疑的です。

連戦主席の国民党にしろ、時を一にして訪支(訪中)した宋楚瑜主席率いる親民党にしろ、孰(いず)れも中共の「虎の威を借る」戦略を以て、与党民進党・台連に対抗する道を選択しました。然し、先に書いたコラム(146.『北京五輪は開催されない? 胎動し始めた「共産中国」の崩壊』)でも論じましたが、その「虎」(中共)自身の威信が低下、崩壊の道を歩んでいる訳で、その様なものに頼っている国民党・親民党の先は見えたも同然です。国民党は、外省人たる蒋家二代の後、内省人出身の李登輝(リー=トンホイ)氏を党主席・総統に迎えた時に、実は大きなチャンスがありました。前述の様に「中国国民党」から、台湾に於ける台湾人による台湾の為の政党「台湾国民党」へと脱皮するチャンスがあったのです。然し、折角の好機を国民党は逃してしまいました。李登輝総統の下(もと)で副総統の地位にあった連戦氏が、「正統な後継者」として李登輝路線を踏襲し、台湾(中華民国)の「台湾化」を推進していたとしたら、ひょっとしたら、当時、弱小政党であった民進党に政権を奪取される事は無かったでしょうし、その後も、台湾の政権与党としての地位を確保していたかも知れません。

台湾公民の多くは、「独立」を望まず、かと言って「祖国統一」(「中国」への併合)も望まない「現状維持」派でしょう。然し、それはあくまでも中共による「武力解放」、言い換えれば、「中国」からの軍事脅威があるからです。もしも、その原因である「中国」が崩壊し、台湾にとって脅威で無くなったとしたら? 大手を振って「台湾独立」を宣言出来る様になった時、その時こそ、国民党や親民党の役目は名実共に終わる事でしょう。そして、その時は案外近いのでは無いか?と見ています。その時、

台湾に於ける台湾人による台湾の為の政治

を成し得る政党、その政党だけが生き残れると思いますし、国民党や親民党が党を維持存続したいのであるならば、中共等に媚(こ)び諂(へつら)って歩み寄らず、台湾公民の事を第一に考える真の台湾政党としての道を模索するべきです。又、それと同時に、内省人・外省人と言う省籍の違いを乗り越えて、与野党共に「台湾人」として協調、切磋琢磨出来るかどうか、それこそが台湾の独立維持と、国際社会に於ける地位向上の試金石となるのでは無いか、と私は思っています。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年5月28日付で掲載したコラムです)
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by ayanokouji3 | 2005-05-29 20:56 | 歴史再考 | Comments(0)  

出自意識の払拭と後退について

5月15日(日)産経28面の「ニッポンの還暦」という欄に、GHQの通訳であった韓国人(79歳)の感想として、日韓間に国交のなかった20年間を評して、「当時の日本人は、韓国が植民地だった事実すら忘れかけるくらい無関心で、食べることに精いっぱいだった」とし、韓国では、「植民地した日本人をみな嫌いだった。韓国は敗戦国日本よりも貧しく、発達の遅れなど何でも日本のせいにした」と書いてあった。

日韓国交正常化交渉は、昭和26年に始まり、昭和40年6月、日韓基本条約調印。爾来40年、上記の感想は、現在の韓国政府要人の心情を忖度(そんたく)すれば、「今の日本人は、韓国を植民地だったと見下し、その歴史を美化している」となり、韓国では、「敗戦国日本が韓国より優位に立つことなどあってはならないことだ」と置き換えられることだろう。

思うに、母国における個人としては、●●出身といったような時代にそぐわないような出自意識はある程度払拭する方が新たな自己発展の契機となる。一方、国というのは、最後の自己認識の具であり、これを完全に払拭する訳には行かない。

最近、日露戦争直後からシベリア出兵初期に亙(わた)り、韓国・満州で勤務した祖父の海外勤務録を読み返してみて、朝鮮及び朝鮮人に対しては最初の侮蔑的表現から、後になるに従い同情・憐憫(れんびん)の表現に変わって来ており、当時における朝鮮問題への対処の困難さが看(み)て取れた。小生の持論であり、たとえは悪いが、朝鮮問題とは国際的な「同和」問題であり、国際社会が南北朝鮮及び「朝鮮人」の本格的地位向上に尽力し、民族の誇りを自他共に認めることが出来るような環境づくりを一層なすべきで、そのためには日本としても或程度の譲歩はやむを得ないと考える。

しかし、その前提として、手始めに韓国政府及び韓国人が出自意識を些(いささ)か後退させる必要がある。靖国問題についても、韓国側は出自意識を剥(む)き出しにせず、沈黙すべきである。日本政府としては、韓国政府が中共政府の尻馬に乗って、援護射撃をするようなことはやめさせるべきである。韓国が国内事情を抱えていることは認めても、日本に八つ当たりさせてはならないのである。

(註)
人間はとかく事象を単純に図式化してとらえる傾向があるが、その方が理解し易いからである。戦後続いている日本国内での旧軍無差別全面否定の風潮がそうであり、陸軍(A級戦犯)悪玉論もそうである。それらは余りに単純な見方であり、一面をとらえたものに過ぎない。日本の輿論がこうした幼稚な考え方から完全脱却出来れば、国として、台湾との連携を含め、将来、国際社会で重きをなすことが出来ることだろう。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-28 20:59 | Comments(0)  

労働者階級と捨扶持(すてぶち)について

今日の労働者階級とは何か。筋骨労働を以て生活の資を得る者が本来の意味であるが、およそ筋骨労働に限らず、教授等の知的労働も含む。知識分子も組織内の上級者の頤使(いし)に甘んずる点では、労働者に外(ほか)ならない。各層の公務員もまた労働者であることを否定することは出来ない。金融機関に奉仕させられる自営業者もまた、実質的には労働者である。

してみると、女子供と退職老齢者といった非生産者層を除き、日本国中が労働者だらけということになる。労働者だらけであれば、階級として区別する必要はなくなる。従って、労働者階級は死語といってよい。但(ただ)し、自ら卑下(ひげ)・自嘲したい向きには文学的表現として使用する余地は残されている。

労働者は物質のために肉体を労し、上長の頤使に甘んじ、時に自己の主張を枉(ま)げ、迎合する必要もある。何の恥ずべきことがあろうか。高等遊民を気取り、其実、社会の「生活保護」受給者となりながら、自分のために心を労するなどと内心嘯(うそぶ)いている輩(やから)よりは余程(よほど)増しというものである。尤(もっと)も、小生にとっては、孰(いず)れも自立しておらず、「当事者」たり得ない人々であることに変わりはないが。

ところで、日本では、戦前、父の若い頃は、居候(いそうろう)、厄介、ごくつぶし、といったいわゆる経済的弱者に対する蔑称を多用したというが、今は絶えて聞かれない。江戸時代の武士階級にも福祉はあった。捨扶持といわれるものがこれで、小生の郷里、肥前平戸藩の1682年の分限帳には23名の男女の氏名が記されている。一例として、
米弐石三斗四升 六合五勺壹人扶持 米倉宗忠後家

(註-0.65升×360日=234升=2石3斗4升=米350キロ程度=現在の米価で十数万円当時金子(きんす)1両が1.2石に相当したので六合五勺壹人扶持は約2両に相当した)
岩波広辞苑には「江戸時代、老幼・婦女・癈疾者などを救助するために与えたわずかの扶持米」とある。

現代的意味でいえば、捨扶持を与えられることを恥とし、医療等の補助で国や地方公共団体の世話にならず、また破綻するといわれて久しい年金制度の恩恵を受けることのないよう、全国民が生涯現役という意識をもって自立するようにしたいものである。それが日本の精神面における国力の回復につながるものと窃かに信ずる次第である。

(註)
台湾の連・宋氏の本籍地への「自分探しの旅」にせよ、中国要人の小泉首相との面談キャンセルに伴う双方思惑の交錯にせよ、韓国側よりの日本外務事務次官批判にせよ、全てが労働者階級レベルの行事であり、齟齬(そご)であり、難癖(なんくせ)に過ぎないと思われる。特に、国内問題のすりかえとみられる後二者を達観するとすれば、その次は何をしたらよいのか、全面屈服か、忍耐・沈黙あるのみか、はたまた反撃に出るべきか、権威ある評論家諸氏におうかがいしたいものである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-27 23:02 | Comments(0)  

評論に接する際の注意点について

政治評論、経済評論、外交評論、軍事評論、歴史評論と様々な評論の分野があり、様々な内容を、書籍のほか、新聞・雑誌・テレビその他で知ることが出来る。事件の後講釈をなし、複数の論を併記しているため、物知りになり、昔の「床屋談議」の肴(さかな)となるような材料には事欠かない。

ここで、各種評論に接する際の注意点について述べておきたい。前提として、「目からウロコ」といった余りに判り易いものや、通説を全く無視した独断、独善的なものは、一時的には納得しても、後から考えると、疑問が湧いて来るものが殆(ほとん)どである。

【政治評論】
最も怨念がこもり、男の憎悪・嫉妬が顕在化する、「おどろおどろしい」分野でもある。高齢の評論家にとっては、政治家の殆どが若造の部類に属するので、言いたい放題、書きたい放題となるが、正しい部分が多いので皆納得する。また、選挙が近づくと、左右入り乱れて、意図を以て予測を行うが、外(はず)れることも多い。

【経済評論】
マクロ経済の評論家で、財政出動を唱えていた人達が影をひそめ、中には逮捕された人もいた。予測が当たらないこと、政府が自分の提言を採用しないことで、いささか自暴自棄になっていたのだろうか。株、為替の予想については、評論家の説は当てにしない方がよいが、諸説を比較検討する価値はある。

【外交評論】
当たることもあれば、当たらぬこともあり、星占いの世界である。現象面の深読みをしてもしなくとも、大体、5割の確率で当たると思われる。尚、小生の経験では、米国の大統領選の結果については、過去2回とも、現地の日本人やタクシーの運転手達の予想通りで、評論家よりも正確であった。

【軍事評論】
以上の評論よりも、より職人的、専門的な分野で、素人は足を踏み入れない方がよい。

【歴史評論】
雲をつかむような「御伽噺(おとぎばなし)」には深入りしない方が賢明である。また、司馬遼太郎の歴史小説とNHKの歴史番組に影響を受けた評論が散見されるが、若い世代に対しては、「夢と希望」をより多く与えるようなものが望まれる。

(註)
評論家の習性として、当たったことは吹聴するが、外れたことにつき「謝罪」する人は少ない。また、思想を「転向」する人も少ない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-26 18:53 | Comments(0)  

知人とのメールのやりとり紹介

去る23日、20年来の知人、ハンドルネーム「与那嶺文郎」氏よりメールを受領した。
先週、先々週と郷里の宮里藍ちゃんが2週連続でゴルフ優勝を飾りました。私は週末を女子ゴルフTV観戦で楽しみました。男子プロは見る気にも成りませんが、藍ちゃんの活躍で今週末も楽しみです。昨日は郷里の宮里、諸見里の2人の争いもあり見ごたえがありました。

ゴルフでも郷里の選手が活躍すると嬉しいものですが、国際的な問題でも自分にとって何の関わりも無い事でエキサイトするものです。中国の反日運動も同様で国共内戦や文化大革命での死傷者の方が圧倒的に多いにも関わらず、日本軍に多くの同胞が殺されたと教えられると日本憎しの気持ちが押さえられないでしょう。

逆に日本で敗戦国とはいえアメリカの非人道的な核攻撃や民間人への焼夷弾を使った空襲への非難が少ないのもおかしな事です。結局勝利者のプロパガンダがまかり通るのが、国際政治の世界ですね。そうであれば小泉も靖国参拝に外国から干渉するなと言うより、実を取り敗戦国から戦勝国側の仲間入りをして覇権を拡大する方が歴史に名を残せるでしょう。吉田茂、佐藤栄作のようにアメリカに貸しを作り平和条約や沖縄返還を勝ち取ったほうが大物と言えそうです。

最近の中国首脳の発言を見ていると反日の薬が効きすぎて日本からの観光や投資が引っ込み、あわてて従来と何ら変わらないと笑顔を見せています。中国の底の浅さと日本の底力が再確認された訳で、ここでは力まず一足引いた方が賢明と考えますが如何ですか。
小生の意見として、同日、次の内容のものをメールした。
  1. 中国問題はこのところ一服したが、訪日中の副首相が小泉さんとの会談をキャンセルして離日するあたり、不気味な動きである。非礼とまでは言わなくとも何か訳があるような気がする(深読みし過ぎか)。

  2. 米国のやり方については、沖縄戦や東京大空襲で被害に遭った人達の関係者の怒りは尤もであるが、今も変りはない。米国は国の続く限り、あのような方法で通すのだろう。

  3. 靖国問題はお互い意地になっているので、どこかで折り合いをつけるしかない。相場では買い方と売り方が半々で膠着状態になっていても、どこかで、転換点が来るので、そのようになるかも知れない。

  4. 中国政府中枢部では、「減点主義」で足の引っ張り合いをしているだろうから、幹部連中も針のムシロ状態なのかも知れない。

  5. 「中国の底の浅さと日本の底力が再確認された訳で、ここでは力まず一足引いた方が賢明と考えますが如何ですか。」については、その通りであるが、右派が勢いをつけて来ているので、スンナリとは行かないことだろう。
これに対し、24日、「与那嶺文郎」氏より更にメールを受領した。
  1. アメリカの戦後政治は米ソ冷戦を軸に朝鮮、キューバ、中米諸国、アフリカ、中東、インドシナ等で代理戦争を繰り広げて来ました。その基本スタンスは米英を機軸にその属邦を従えて、社会主義国家と対決するという排除の論理です。そこには世界を指導する理念は無く、強いものが正しいと言う西部劇の世界感だけです。

    従ってイランやイラクの様にかって蜜月時代があった国でも、アメリカの方針に抵抗して自己主張する国は存在を認めないとなります。

    日本はアメリカと上手に付き合って来たと言えるでしょう。戦後歴代首相の中でアメリカの意向を軽視した田中角栄がアメリカの陰謀で失脚し、細川のお殿様が「大人の関係」と口走ったばかりに佐川問題で政権を放棄するに至ったのも偶然ではないでしょう。

  2. 中国との付き合いはもっと気が折れます。反日教育で基礎を作り反日デモで日本をゆさぶったまではシナリオ通りですが、臆病な日本人の観光が激減し、投資も引っ込んだ事から思わぬリアクションに慌てて靖国と引き換えに幕を降ろそうとしています。

    ところが変人宰相の内政干渉発言と頼りにしていた日本文化人達の小泉ブーイングが起こらず、逆に中国の反日教育がクローズアップされてしまいました。

    面子を潰された中国は呉副首相を急遽帰国させましたが、結局恥を掻いたのは大人の対応が出来なかった中国です。

    しかし、面子を潰され国際的に恥を掻いた中国がこのまま引き下がる事は考えられません。必ず日本に、小泉に恥をかかす一手を打って来るでしょう。ただ日中経済関係を悪化させて実利を失う事は出来ず、北朝鮮を使って何かをやる可能性が高いと思います。
以上、ご参考に供する次第である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-25 21:38 | Comments(0)  

在日の基礎知識について-2

  1. 筆跡・文法
     悪筆は日本人と変わらない。文章を書くのが苦手で、書いたとしても、テニヲハが形になっていない人が多い。

  2. 性格
     通常はおとなしく、控え目に見えるが、一旦怒ると激情し、暴言・暴力に走る人(女性ではヒステリー状態)がたまにいる。また、日本人から指図(さしず)を受けることを好まない。両班(ヤンバン)風の人は、大体においてリーダーでありたいと考える傾向があり、またメンツを非常に重んじるが、中には激情型の人もいる。

  3. 出身地域
     在日の相当数が済州島出身との説もあるが、よく判らない。また、これまで知り得た中で、出身地域による性格の差というものも話には聞くが判然としない。

  4. インテリ層の思想傾向
     著名な学者、評論家の中にも在日はおり、思想傾向は左で、概ね反政府的な態度をとっている。種々の提言は独善、感傷的に過ぎ、余り見るべきものはない。
(註)
日本の韓国併合の帰結が在日という特殊層の発生である。大体において、世代を経るにつれ、次第に日本化されて行くだろうが、インテリ層では没落しない限り、それは永遠に無理かも知れない。ところで、在日の人達が韓国に行くと軽んじられるという話はよく知られている。日本に近年来た、中国籍の朝鮮族の場合は、一般中国人として扱われないように、出自を朝鮮族と明らかにした上で、極力日本語を話す人が多いことに気付いた。日本の同和・在日といった問題は、台湾における山地人(高砂族)対策の参考というよりも、中国の恫喝と懐柔策により、今後予想される台湾内部の対立・抗争に対処する教訓となり得ると考える。一般的には、国家・団体・個人の各レベルにおいて、何事も、「特殊層」の蠢動に翻弄されないように態勢を整えておくことが得策であり、賢明である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-24 18:22 | Comments(0)  

在日の基礎知識について-1

日本人として在日の人々(帰化人を含む)と直接関わり合いを持つ機会は少ないと思うが、今の日本で在日は各方面に浸透しており、こういう事情に疎(うと)い人は将来何らかの形で役に立つと思うので、小生の知り得る範囲に於て記してみたい。尚、これは東京と横浜の一部地域での少ない経験によるものなので、全国的に通用するか否かは保証出来ない。
  1. 前提
     日本人風であるが、何となく雰囲気が異なる人々-それが在日である。顔自体は男では、両班(ヤンバン)風から労働者風に至るまで、様々であり、日本人と見分けがつかない。一般的にいえば、男女を問わず、陰のある人が多い。朝鮮漬を常食とすることによる体臭は余り感じられないが、香水や臭いの強い整髪料を使っている人もいる。

  2. 進出分野
     例として、小売チェーン等の流通業の経営、また不動産に関わる人がいる。変わったところでは、仏壇・仏具販売業や葬儀場経営といったものもある。屋号は、例えば、ハナ(花)やマル(丸)が頭につくものはそれと判りやすい。


  3.  例として、安東(安藤)といった出身地(安東、現在は丹東)から名付けたもの、朝鮮姓からとった金●、高●、また済州島出身であれば、石●といった姓は判りやすい。その大半は日本にありふれたものなので、姓からは判断出来ない。

  4. 発音
     発音からすれば、東北または九州出身者のように感ずる。ラ行の発音が日本人と異なる人がいる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-24 18:16 | Comments(0)  

中国に親しむ方法について-2

  1. 言葉の学習
     上記の読解に慣れ、中国への関心が一層高まって来るようになったら、中国の大学に短期留学する。ここで本格的に現代中国語に挑戦することになる。大学の選択肢は今は多くなっている。宿泊先は大学内にある寮がよい。但し、自分の身の回りのことが出来ない人達にとっては、苦痛になるので、短期留学は止めた方がよい(夫婦一緒の留学は聞いたことがない)。中国に慣れた人達の中には、毎年定期的に短期留学する「猛者(もさ)」もいるようだが、それも止めた方がよい。このレベルになると、中国への理解が深まり、「それでも中国大好きおじさん」または「やはりオレは支那がきらいだおじさん」に大体二分されるが、心底そのように考えているのか、装っているのかは判然としない人も中にはいる。特に、名の売れた学者、評論家、新聞社論説委員などで、「中国通」を自認、広言する人にこのタイプが多い。この人達の得意とするところは、独自の人脈で、日本全国の自称中国通が欲している中南海の動静を逸早く知り得ることである。

  2. 漢字コンプレックスからの離脱
     中国に関する「学習」が進むと、漢字で物事を考えることと、中国的大義名分の仰々しい世界が莫迦々々(ばかばか)しくなって来る。それは或(ある)意味でのコンプレックスからの離脱であり、日本人としての覚醒を示している。このレベルに達した人は、非常に少なく、諸橋轍次といった大学者や安岡正篤といった思想家がこの範疇に入るだろうが、レベルが高過ぎるため、浅学の身には識り得ないことが多く、全て推測の域を出ない。
結論として、注意すべき点は、より高いレベルを目指すということよりも、自分に合ったレベルに「安心立命」することである。学び甲斐といった観点からは、「2.読解への取組み」に久しく留まることがベストであろう。

余談ながら、対中外交の衝に当たる者としては、「4.漢字コンプレックスからの離脱」を果たした人が最も望ましいが、実際は「3.言葉の学習」を修了していないような「お詫び行脚(あんぎゃ)おじさん」のレベルの人達が担当しているため、中国首脳の「ご発言」を恭(うやうや)しく言葉通りに受取り、その真の「ご意向」は揣摩(しま)憶測するのみに留まっている。最悪なのは、自分のレベルを自覚しない政治家や役人がしゃしゃり出て事を一層複雑にすることである。その意味では「1.分野の特定」で悩むような、或種無邪気な人達の方が外交には向いているのかも知れない。

(註)
中国に赴いて、御用聞きをして回り、結果的に「子供の使い」となる日本の政治家連は滑稽ながらも、先方にとって一服の清涼剤となり、好感を与える限り、「友好」に役立っているのではなかろうか。それは、台湾の政治家についても言えることであろう。台湾の有志諸君、以て如何と為す。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-05-23 20:54 | Comments(0)