カテゴリ:歴史再考( 12 )

 

講演会『日本にとって中国の本当の姿とは?』

平成18年6月10日(土)、静岡県清水町の清水町公民館に於いて講演会を開催致しました。当日は、遠く茨城県つくば市からお越しの方も含め、会場はほぼ満席。盛況の内に終了する事が出来ました。
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今回は、支那(中国)の古代から現代に至る歴史を紐解き、現代中国(中華人民共和国)の顔を浮かび上がらせると同時に、支那事変(日中戦争)や南京大虐殺、「中国」の軍備及び他国に対する侵略行為・尖閣諸島を含む領土問題等について講演しました。
竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2006-06-13 18:42 | 歴史再考 | Comments(0)  

講演会のお知らせ

来る6月10日(土)、静岡県清水町の清水町公民館に於いて講演会を開催致します。入場は無料ですので、お誘い合わせの上、是非、ご来場下さい。
清水町文化芸術活動促進事業
<第81回泉のまちカレッジ一般教養講座>
『日本にとって中国の本当の姿とは?』
~敵を知り、己を知らば百戦危うからず~

主  催:清水町教育委員会
企画運営:特定非営利活動法人 ウォーター・ビジョン
講 演 者:竹下義朗
日  時:平成18年6月10日(土) 19:00~20:30
会  場:清水町公民館 第2会議室
     〒411-0903 静岡県駿東郡清水町堂庭6-1(地図はこちら
入場無料

 今回は、「中国」(支那)の古代から現代に至る歴史を紐解きながら、現代中国の顔を浮かび上がらせる。又、満州事変・日中戦争・南京大虐殺等、日本の戦争犯罪と呼ばれるものについても検証すると共に、昨今の歴史認識・靖国参拝問題、更には、今後の日中関係ついても講演します。

問い合わせ先:清水町教育委員会 社会教育課
        (TEL:055-972-6678)
       特定非営利活動法人 ウォーター・ビジョン
        (TEL:055-972-6112)
竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2006-06-02 14:13 | 歴史再考 | Comments(0)  

"中国軍 沖縄に侵攻" ── 偽『YAHOO! NEWS』が予見する第二次支那事変

中国軍 沖縄に侵攻

【アメリカ18日共同】アメリカ国防総省は18日未明、中国から日本(沖縄県)に中国軍が侵攻したことを発表した。10月18日未明にガス田付近に配備された中国側艦艇の哨戒に出ていた海上自衛隊那覇基地第五航空群所属、第5航空隊のP3C哨戒機に中国艦艇による砲撃に端を発し日本側より F15戦闘機3機がスクランブル発進。それに対し中国側から出撃したスホイ(Sukhoi)30MK2戦闘機5機がF15 戦闘機3機を追尾する形で沖縄県上空に侵攻した。現在、沖縄上空にてアメリカ軍および自衛隊と中国軍とが交戦中、中国側も戦力を逐次投入し、戦線が拡大している模様。小泉内閣は内国安全保障委員会を緊急召集した。政府は中国側との交戦を否定しているものの、アメリカ国防総省発表によると交戦の事実はほぼまちがいないようだ。
(共同通信) - 10月18日16時08分更新
「すわ、日中開戦か?」と驚いた方もおられたと思いますが、これは、10月18日に国内最大手のポータルサイト(玄関サイト)『YAHOO! JAPAN』のニュースページを模して掲載された偽ニュースです。「YAHOO! NEWS」と本物そっくりのロゴや、冒頭・文末に共同通信のクレジットが付けられる等、何も知らずに見れば、正に「日中開戦か?」と信じてしまう程、限りなく本物に使い出来映えでした。まあ、これは偽ニュースだった訳ですが、翻(ひるがえ)って見てみれば、現実の日支(日中)関係は、何時々々(いつなんどき)、この偽ニュースが「本当のニュース」になるか分からない状況 ── 裏を返せば、だからこそ、ころっと騙されてしまった人もいた訳で ── にある訳で、ひょっとしたら、明日にでも「第二次支那事変」(日中戦争)が勃発するかも知れません。いや、既に戦いの火蓋(ひぶた)は切って落とされている、と言っても過言ではありません。と言う訳で今回は、偽ニュースをX軸に、昨今の日支関係をY軸に、「第二次支那事変」について論じてみたいと思います。

偽ニュースを一部の人々が信用したのは、単に「YAHOO! NEWS」の偽ロゴや、共同通信のクレジット等で偽装されていたからだけではありません。記事の内容が極めて現実的(リアル)であり、充分に起こりえる可能性が高かったからに他なりません。例えば、

「ガス田付近に配備された中国側艦艇」
「P3C哨戒機に中国艦艇による砲撃」

等は、実際に砲撃こそ無かったものの、9月9日に同じ様な事態が既に起きており、全くの「仮想戦記」とは言い難(がた)い現実味を帯びているのです。
東シナ海ガス田 中国軍艦 砲身向け威嚇
3週間前、海自機に 開発監視で緊張

 東シナ海の日中中間線付近で中国が開発を進めているガス田「春暁」周辺で9月初め、海上自衛隊のP3C哨戒機が中国海軍の軍艦5隻を初めて確認した際、うち1隻が一時、砲身をP3Cの方に向けたことが(2005年10月)1日、政府関係者の話で分かった。

 P3Cの早期警戒レーダーに、軍艦がレーダー照準を合わせたことを示す警報は出ず、防衛庁は威嚇目的とみているが、エネルギー開発をめぐって日中の対立が続き、中国海軍の活動が活発化している東シナ海の緊張状態があらためて浮き彫りになった形だ。

 中国の軍艦が確認されたのは、9月9日午前9時ごろ。海自第一航空群(鹿児島県・鹿屋基地)のP3Cが、日中中間線から約2キロ中国側にある春暁周辺の海域で、最新鋭のソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦(7,940トン)1隻とジャンフーⅠ級ミサイルフリゲート艦(1,702トン)2隻を含む中国の軍艦5隻を発見した。

 政府関係者によると、5隻は日中中間線は越えず、春暁を回り込むように航行していたが、ミサイルフリゲート艦1隻が艦首部の砲身が二つ並ぶ100ミリ連装砲砲塔を旋回させ、砲身を上空で監視するP3Cの方に向けた。乗員はその瞬間を写真撮影したという。

 P3Cは対処マニュアルに従って、直ちに現場から離脱。軍艦が外国航空機に自艦から離れるよう呼び掛ける際には、赤い煙の出る信号弾を発射するのが通例だが、それはなかった。

 P3Cはミサイルや魚雷を搭載できるが、今回のように通常の警戒監視活動中は積んでいない。

 防衛庁幹部は「撃つつもりはなかっただろうが、明らかな脅しであり、軽率な行動だ」と不快感を示している。
(『山梨日日新聞』平成17年10月2日付記事より)
又、

「中国側から出撃したスホイ30MK2戦闘機5機がF15戦闘機3機を追尾する形で沖縄県上空に侵攻」

についても、「中国」(支那)軍戦闘機の出撃・侵攻こそ無いものの、9月下旬には「中国」軍の電子戦データ収集機が日本の防空識別圏(ADIZ)に侵入、空自戦闘機が緊急発進する事態が起きています。
東シナ海 中国軍機が再飛来
先月下旬 情報収集、恒常化か

【ワシントン13日共同】中国軍の電子戦データ収集機と見られる航空機が(2005年)9月下旬、九州や南西諸島の西方にある東シナ海の公海上空に再び飛来したことが分かった。日本周辺で恒常的な情報収集活動を始めた可能性がある。軍事情勢に詳しい情報筋が13日、明らかにした。

 中国の電子戦機の存在は8月中旬から下旬ごろ、2回にわたり同じ東シナ海の公海上で初めて明らかになった。今回再び電子戦機が確認されたことは、東シナ海や台湾海峡で対立する日米をけん制する動きとみられる。

 中国軍機は、日本が航空機の識別を容易にし、領空侵犯に備えて定めている防空識別圏に入っており、日本政府関係者によると、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)したという。

 米国防総省は7月に公表した年次報告書で、中国の急速な軍事力拡大と近代化を警告したが、中国軍による「ハイテク戦」能力の獲得が進んでいることをあらためて裏付けた。

 同情報筋によると、この中国機は、機体の外見上の特徴や飛行パターンなどから、艦艇やレーダー、軍事施設が出す電波などを傍受、収集するのが目的の電子戦データ収集機とみられる。

 東シナ海ではガス田開発をめぐって日中両国が対立。昨年(2004年)11月の中国原子力潜水艦による日本の領海侵犯事件のほか、今年9月9日にはガス田周辺で中国海軍の艦船5隻が確認された。

 このほか日本周辺海域では、中国の海洋調査船が海底の地形探査などを進めている。
(『山梨日日新聞』平成17年10月15日付記事より)
日本の主要都市に照準を合わせる核弾道ミサイル、海洋調査船による日本近海の海底探査、原子力潜水艦による領海侵犯、日中中間線付近でのガス田開発及び海軍艦艇の航行、防空識別圏内での電子戦機による情報収集、そして、尖閣諸島・沖ノ鳥島に対する日本主権の否定・・・これらは全て「中国」側が今現在行っている事です。日本側が冷静な対応を取っているからこそ、何事も起きていませんが、もしも、これらの事全てを逆に日本側が「中国」側に対して行ったとしたら、一体どうなっていたでしょうか? とどの詰まりが、「中国」が日本に対して行っている事と言うのは、一昔前なら、いや、今現在でもそうですが、日本以外の国にとっては、即戦争に繋がる虞(おそれ)のある事ばかりな訳で、私に言わせれば、今迄よく日支両国が戦端を開かなかったものだ、と感心させられる程です。

嘗(かつ)ての「支那事変」(日華事変・日中戦争)も、日本にしてみれば「したくもない戦争」であり、局面々々を見ていくと、日本側は常に現地解決・事件不拡大方針、そして、早期講和を基本に臨みましたが、支那側の停戦協定違反や「不意打ち」、更には講和拒否等により、結局、ずるずると引き摺り込まれ、戦闘(支那戦線)では圧倒的に勝っていたにも関わらず、対米戦での敗北に連動する形で、支那事変に於いても「敗戦国」の汚名を甘受する事となってしまった訳です。

閑話休題。話を「第二次支那事変」に戻します。近年の日支関係や「中国」軍の活動から勘案すると、私は遅かれ早かれ日支両国が戦端を開く ──「第二次支那事変」が勃発するものと考えます。それは、前近代的な「宣戦布告」を伴った戦争では無く、例えば、今回の偽「YAHOO! NEWS」の様な偶発的な出来事を切っ掛けとして日支両国が戦端を開く、

「宣戦布告」無き戦争=「事変」

として起こるものと考えます。その時、戦後60年、現実の「戦争」と言うものを忘れてしまっていた日本が、どの様な対処をするのか? 建国以来、常に侵略と戦争を繰り返してきた手練(てだ)れ=「中国」(満州・南モンゴル・東トルキスタン・チベット・東カシミール等々への「侵略」と台湾への軍事的恫喝)と、どう渡り合うのか? 相手は、一世紀遅れでやって来た軍事大国であり、中華帝国主義の誇大妄想に取り憑かれたパラノイア国家「中国」です。我々日本に「平和呆(ぼ)け」に浸(ひた)っている暇(ひま)等ありません。心して「中国」に当たり、二度目の「支那事変」には必ずや勝利す可(べ)く、褌(ふんどし)を締め直さねばなりません。

   余談(つれづれ)

「第二次支那事変」は何も、日支関係の悪化が原因で勃発するとばかりは言えません。例えば、伝統的な「血盟関係」にあるとされる(近年はそれ程でも無いとは言われてはいるが)北鮮が再び南浸(韓国侵攻)する様な事態となれば、当然、「中国」は北鮮側に与(くみ)し、米韓との同盟関係にある日本も必然的に「参戦」せざるを得ず、結果的に日支両軍が直接対峙する状況が起こるでしょう。又、「中国」が台湾に対する「武力解放」(軍事侵攻)を発動すれば、日本のシーレーン(海上交通路)及び南西諸島防衛の観点から、日米両軍が台湾に対する軍事支援 ── 詰まりは、東支那海を舞台に、日米台三国 対「中国」による戦争が勃発する事態も、正に「想定の範囲内」である訳です。何(いず)れにせよ、我々日本人は、「中国とは絶対に戦争にならない」・「中国とは絶対に戦争しない」と言った考え方を一日も早く捨て去る可(べ)きです。「戦争」は相手があって初めて成立するものであり、理想は理想として、日本が幾ら「中国」との戦争を望んでいなく共、起こる時には起こるものなのだ、と言った程度に割り切っておく可きと言えるでしょう。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro
(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年10月29日付で掲載したコラムです)

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by ayanokouji3 | 2005-10-29 19:38 | 歴史再考 | Comments(0)  

沖縄の主権帰属は未確定? 遂に本性を現した「中国」

私が、平成14(2002)年にWeb『帝國電網省』上に発表したコラム『100.台湾は「日本の生命線」 ── 「台湾問題」の向こう側にある「もの」』の中で、「中国」(支那)自身が考えている、「本来あるべき中国の範囲」 ── 「潜在的中国領」について触れた際、日本の施政権が及んでいる「日本の領土」沖縄に対してさえも、「中国」が「潜在的中国領」 ── 何(いず)れ奪還すべき自国領として考えている、と言う事を書きました。その後、再三の中止要請にも関わらず繰り返されてきた日本側EEZ(排他的経済水域)内に於ける「中国」海軍所属海洋調査船による海底調査(資源探査及び潜水艦航行に不可欠な海底地形探査)、日本の領土「沖ノ鳥島」に対する日本主権の否定、「中国」海軍所属原潜による石垣島海域での領海侵犯、更には、東支那海でのガス田開発、と言った日本の海洋権益に対する「中国」側による侵害・挑戦行為は、年々、日を追う毎にエスカレートしていきました。その様な状況の中、平成17(2005)年8月1日、遂に「中国」側はその毒牙を白日の下に晒(さら)したのです。
「沖縄の主権帰属は未確定」 中国誌に研究者論文

 (2005年8月)1日発売の中国誌「世界知識」は、沖縄が日本の領土になったのは琉球王国に対する侵略の結果であり、第2次世界大戦後の米国からの返還も国際法上の根拠を欠き「主権の帰属は未確定」とする研究者の論文を掲載した。
 筆者の北京大学歴史学部の徐勇教授は、江戸時代まで琉球は独立王国であり、日本側も対朝鮮と同様の「外交関係」を結んでいたと指摘。1879年に日本が琉球を廃止し沖縄県を設置した際も、清朝は承認しなかったとした上で、第2次大戦後米国はポツダム宣言に基づく権利のないまま沖縄を管理下に置いたと説明している。
 論文はさらに、台湾の学者の意見を引用する形で、1972年に米国が日本に沖縄を返還したのは「2国間の授受であり、第2次大戦の連合国各国が共同で認めたものではない」として、「琉球の地位は未確定」と結論づけている。(共同)
(08/01 22:38)
これは、『産経新聞』の記事ですが、この論文の執筆者、徐勇・北京大学歴史学部教授が何を言いたいのか?と言うと、とどの詰まりが

沖縄は日本の領土では無い!!

と主張している訳です。以前(と言っても、昭和46(1971)年以降)から主張している尖閣諸島に対する領有権要求だけでは飽きたらず、遂に沖縄に迄(まで)魔手を伸ばそうとしている事は明々白々です。然(しか)し、「中国」には、いや、「中国」だからこそ決定的に欠けている「視点」があると言う事を、彼ら支那人が果たしてどれ程認識しているのだろうか?

「中国」は、1949(昭和24)年10月1日の建国(「中華人民共和国」成立)以来、今日(こんにち)に至る迄、一日たり共、実効統治した事の無い台湾に対する国家主権を主張し、台湾が「正名独立」(現在の国号「中華民国」を廃止し、新たに「台湾共和国」を称する事)等しようものなら、「武力解放」と言う名の「侵略」をも辞さず!!とのスタンスを崩していません。その上、更に「日本の領土」である沖縄の「領有」(侵略占領)をも窺(うかが)う構えの「中国」。然し、彼らには最も肝心な視点が欠如しています。それが一体何であるか?と言えば、それは「民意」です。

「中国」=「中華人民共和国」と言う国は、日本の様な複数政党制による議会制民主主義政体の国家ではありません。建国以来、人民解放軍を保有する中国共産党が唯一無二の指導的地位にある、党=軍=国家、と言う一党独裁国家です。人民の選挙を経て選ばれた議員によって構成された議会と、主として議員の中から選ばれた閣僚によって構成された政府が国政を運営する、日本では「当たり前」のシステムが、「中国」には存在しません。「中国共産党」以外の政党は一切認められず、党の指導的地位は永遠等と言う独裁国家には、抑(そもそ)も「民意」と言う概念自体が欠如しているのです。だからこそ、建国以来半世紀を経て尚、「自国領」と主張する台湾を「解放」する事が出来無い。何故なら、「解放」=「祖国復帰」に際して、最も大事な台湾公民の「民意」を汲み取ろとしない。台湾公民が「中国」への「復帰」を望んでいるのか? もし望んでいないのだとしたら、何が原因であり、何をどう改善すべきなのか? そう言った思考を「中国」はしよう共しない。そこへ持ってきて、「独立すれば、即武力解放」と言うスタンスでは、台湾公民が警戒・硬化するのは至極当然です。では、沖縄はどうなのか?と言えば、沖縄とて台湾と同じ事です。

「沖縄の主権帰属は未確定」。「中国」側はそう嘯(うそぶ)き、暗に沖縄に対する領有権主張の橋頭堡(きょうとうほ)としての「理論」を構築しようとしている様ですが、ここでも最も肝心な視点が欠如しています。それは沖縄県民の「民意」です。確かに沖縄は嘗(かつ)て「琉球」と言う独立した王国でした。その琉球王国を慶長14(1609)年、薩摩藩が属国化(島津支配)し、明治11(1879)年、明治新政府が当時の「琉球藩」を廃止し、「沖縄県」を設置した事で、日本への帰属が完了した歴史的経緯から、沖縄県民(うちなんちゅ)の中に、少なからぬ「ヤマト」(本土)に対する反感や不信感がある事は、私も充分承知しています。然し、大東亜戦争(太平洋戦争)の際、日本本土で唯一、米軍との地上戦を経験、その後、「内地」とは異なり、米国の施政下に置かれた沖縄が、住民の強い希望で、昭和47(1972)年5月15日、「祖国復帰」(日本国への復帰)を果たした。これも又、事実であり、沖縄県民の「民意」によって実現した日本への復帰=帰属に対して、「中国」が「沖縄の主権帰属は未確定」と主張する行為は、沖縄県民に対する侮辱であり、沖縄県民の「民意」を踏み躙(にじ)る行為以外の何ものでもありません。この様な事で「中国」は、沖縄の「(中華大家庭への)祖国復帰」が本当に出来るとでも思っているのでしょうか? それ共、台湾同様、「武力解放」に訴える積もりなのでしょうか?

最後に、平成17年3月17日に配信された、とあるニュースを皆さんに紹介したいと思います。
下地島空港への自衛隊誘致決議 沖縄、伊良部町議会

 沖縄県伊良部町議会は(2005年3月)16日、小泉純一郎首相らに対し、同町内の下地島空港などに自衛隊の部隊の誘致を要請する決議を可決した。米軍再編協議で米軍と自衛隊による同空港の共同使用案を米側が提示。防衛庁も南西諸島の防衛強化を目指しており、今後の国の動きが注目される。
 伊良部町は15日に沖縄県平良市など四市町村と、10月1日から「宮古島市」となる合併協定書に調印したばかり。決議は伊良部町などでの各種振興策も求めている。同調単独での存続を目指す動きもあり、18日に予定される各市町村議会での合併決議にみ影響を与えそうだ。
 「尖閣諸島の領有権問題など身近に脅威を抱えている状況で、下地島空港の活用が必要」などとする誘致決議は一部の議員が緊急動議で提案、賛成9、反対8で可決された。「駐屯する自衛隊は陸海空の戦闘力を保持する」ことも求めた。
 下地島空港は、沖縄県管理の第三種空港で、3000mの滑走路を持つ民間ジェット機訓練用飛行場。
 県と国は、同空港を民間利用に限る内容の確認書を交わした経緯があるが、米軍はフィリピンでの合同軍事演習や、スマトラ沖地震の人道支援で、日米地位協定に基づき給油作業を行っている。

(『山梨日日新聞』 2005年3月17日付記事より)
これは、台湾や尖閣諸島にほど近い「国境の島」(と呼んでも良いでしょう)に於いて、この春、可決された決議を伝えるニュースですが、文中には、「尖閣諸島の領有権問題など身近に脅威を抱えている状況」とあり、「中国の脅威」に対する警戒感を露(あら)わにしています。その上で、下地島空港に「国境警備兵力」の配備を要求している訳です。この「決議」については、その後、収束しており、現時点での下地島空港への早急な自衛隊部隊配備は実現してはいません。然し、裏を返せば、この伊良部町議会(伊良部町は宮古諸島の内、伊良部・下地の二島からなっている)での「決議」は「民意」であり、「沖縄の主権帰属は未確定」と主張する「中国」側に対する、一方の当事者としての「回答」と捉える事も出来ます。もしも、「中国」が台湾同様、沖縄に対しても自国への復帰を求めるのならば、「武力」に頼るのでは無く、沖縄県民自ら「復帰」したいと願う様な、その気にさせる程の魅力 ── 古代支那の言に従えば「徳」を以(もっ)てすべきです。尤(もっと)も、

銃口から政権が生まれた国

「中国」=「中華人民共和国」に対して、それ(徳)を求める事自体、端(はな)から無理な話なのですが・・・(苦笑)


   余談(つれづれ)

「中国」側が日本の国家主権と沖縄県民の民意を無視して、公然と「沖縄の主権帰属は未確定」と主張し、故に「中国の潜在的領土」である等と言ったスタンスを取るのであれば、日本も「中国」に対して、「解放」の名の下(もと)に侵略併合したチベット(西蔵自治区及び青海・四川・貴州省の一部)・東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)・南モンゴル(内蒙古自治区)、そして、満洲(遼寧・吉林・黒竜江省)と言った地域の「主権帰属は未確定」と主張、当地の分離独立運動を支援すれば良い。もしも、「中国」が「我国に対する重大な内政干渉である」と主張してきたら、逆に「抑(そもそ)も先に内政干渉してきたのは、日中(日支)何(いず)れの方からか?」と反論してやれば良い。現在の日中関係は善隣友好共存とは程遠い、対立競争の時代にあります。文字通り、「食うか、食われるか」、「やるか、やられるか」と言った状況にあります。日本が今後も、東アジアの平和安定を維持したいのであれば、覇権主義を強めている「中国」を制する為にも、より一層の国力強化=「富国強兵」に努めると同時に、たとえ相手の態度が硬化しよう共、「言うべき事はしっかり言う」、そう言った外交姿勢で臨まねばならない、と私は強く思います。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年9月10日付で掲載したコラムです)

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by ayanokouji3 | 2005-09-10 22:19 | 歴史再考 | Comments(1)  

『汝の敵、中国を知れ』 発売開始日決定

さて、過日この場を借りてお知らせしますと共に、古川さんよりご推薦頂きました拙著最新刊『汝の敵、中国を知れ』につきまして、本日、正式に発売日が決定しましたので、改めてご案内させて頂きます。

『汝の敵、中国を知れ-知られざる反日国家の顔-』

2005年7月23日 発売開始

と言う訳で、発売開始迄もう暫くお待ち下さい。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2005-07-14 22:04 | 歴史再考 | Comments(0)  

『汝の敵、中国を知れ-知られざる反日国家の顔-』

c0058035_2093072.gif『汝の敵、中国を知れ』 近日発売!!

ISBN4-947737-41-7 C0130 \1350E
四六判・並製
竹下義朗 著/(株)雷韻出版
〒153-0064 東京都目黒区下目黒1-2-22-608
TEL.03-5719-1877 FAX.03-5719-1878

虚構と虚栄に満ちる国家
その陰に隠された非道・・・
あなたの知らない本物の『中国』の姿!


反日デモ、教科書問題、靖国神社参拝反対…
しかし、自国の治安は悪化、格差は広がるばかり…
日本に厳しく自国にあまい中国
2008年北京オリンピックは開催されるのか?
我々、日本にとっての中国の本当の姿とは?

◇ ◇ ◇

拙著最新刊に於いて「中国」と共に、チベット・台湾・満州の各問題も取り上げています。尚、弊ウェブ『帝國電網省』及び、当ブログ『台灣之聲』に掲載しましたコラム「台湾インパクト ── 日本の取るべき針路は日台連携・中国謝絶」も収録していますが、親日台湾人男性お二方より頂いた書簡も合わせてご披露しています。

どうぞ、ご期待下さい。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2005-07-04 20:17 | 歴史再考 | Comments(0)  

台湾インパクト ── 日本の取るべき針路は日台連携・中国謝絶

平成17(2005)年4月に相次いだ「中国」(支那)国内での「反日」デモ及び暴動(日本大使館等への襲撃 詳しくはコラム『145.「反日デモ」の原因は日本にある? 否、全責任は支那にあり!!』を参照の事)については先に触れた通りですが、これに関連して、同月25日、中国国務院(政府に相当)の対外宣伝部門責任者、趙啓正・新聞弁公室主任(閣僚級 右写真)が、共同通信から反日デモによる日本関連施設が被害を受けた問題についてインタビューを受けた際、

「中国は素早く補修作業に入り、言葉より行動で示している」

と述べ、実質的な補償には応じるものの、日本側が要求していた謝罪には応じない ── 謝罪要求を棚上げする考えを強調し、その上で、

「アジア人が持ち味としている曖昧さを通じ、平和的に解決出来ると考えている」

と発言しました。然(しか)し、単に補償すれば済むと言う問題ではありません。事は国際法違反(『外交関係に関するウィーン条約』第22条第2項に抵触)である訳です。それにしても、平成14(2002)年5月の瀋陽事件(詳しくは、コラム『115.「瀋陽事件」で苦しんだ北京 ── 巨大帝国「中国」のお家事情』を参照の事)と言い、平成16(2004)年11月の中国海軍原潜領海侵犯事件(詳しくは、コラム『138.日中友好? 「中国」は日本にとっての仮想敵国である』を参照の事)と言い、何(いず)れも日本側の抗議にも関わらず、最後迄一言の謝罪もありませんでした。そして、今回の趙氏発言。開いた口が塞がらないとは、正にこの事です。

自ら(中国側)は、終戦後60年を経て尚、事ある毎(ごと)に、先の大戦に於ける日本の「戦争責任」を口にし、幾度と無く日本が反省や謝罪を口にしているにも関わらず、決して納得しようとはしません。更には、両国の合意の下、国家による正式な賠償こそしなかったものの、日本はODA(政府開発援助)・円借款等を通じて、莫大な額の有償無償資金協力をしてきました。技術協力もしてきました。それでも、決して「許してもらえない」と言うのに、「中国」側は、

「アジア人が持ち味としている曖昧さを通じ、平和的に解決出来ると考えている」

と嘯(うそぶ)いた訳です。日本は、この様な国と果たして今後も付き合っていくべきなのか? 私は決して、その様には思いません。寧(むし)ろ、この機会 ── 戦後60年を機に、外交の舵取りを180度転回してはどうか?と考えています。と言う訳で、今回は日本外交に対する、私なりの「提言」の意味合いも込めて、書いてみたいと思います。

日本外交に対する、私なりの「提言」。それを一言で言い表すとすれば、

台湾インパクト

と言えます。昭和20(1945)年8月の終戦以来、昭和47(1972)年9月迄の実に27年間、日本にとって「中国」と言えば、それは台湾=「中華民国」(以後、「台湾」と略)の事でした。実際、昭和27(1952)年に、日本は台湾との間に『日華平和条約』を調印しており、国交を持っていました。それが、昭和47年の日本と「中華人民共和国」(以後、「中国」と略)との国交樹立 ── 所謂(いわゆる)「日中国交正常化」に伴い、「一つの中国」の原則を強要する「中国」の要求を呑む形で、日本は台湾と断交し、現在に至っている訳です。然し、その後も、日台両国は民間レベルでの関係を継続する事で、両者を繋ぐ細いパイプを維持してきました。そして、その台湾はと言えば、アジア、いや、世界でも随一の「親日国」である訳です。国交を持っているにも関わらず、事ある毎に「反日」が吹き荒れ、常に日本を貶(おとし)めようと躍起になっている「中国」や韓国。それに対して、外交関係が無いにも関わらず、日本に極めて友好的な台湾。これを放っておく手は無いのです。

靖国参拝問題にしろ、歴史教科書問題にしろ、憲法改正論議(特に九条改正)にしろ、これらを言挙(ことあ)げする「中国」・韓国、そして、日本国内の反日メディアは毎度々々、必ずお決まりの台詞(せりふ)を吐きます。曰(いわ)く、

「先の大戦で被害を被(こうむ)ったアジアの人々の声に耳を傾けろ」

と。然し、マレーシア(旧英領マラヤ)や、インドネシア(旧蘭領東インド)、インドシナ三国(旧仏領インドシナ)と言ったアジアの「近隣諸国」が、例えば、小泉総理の靖国神社参拝に対して中止を求めたり、日本の歴史教科書の記述に異議を唱えたり、日本の軍備に対して注文を付けたりしたでしょうか? 答えは「否(いな)」です。実際、台湾の軍関係者は日本との軍事協力 ── 詰まり「軍事同盟」構築を切望していますし、マレーシア・インドネシアも、海賊が横行しているマラッカ海峡の共同警備に、「日本海軍」(現地では「海上自衛隊」をそう呼んでいる)の参加を求めています。詰まり、アジア全体から見れば、「中国」・韓国の主張は少数派意見であり、極めて特殊な部類に入る訳です。私は決して、少数派意見を等閑(ないがしろ)にしろ等とは言いません。然し、だからと言って、「中国」・韓国の主張を以て、恰(あたか)も「アジア全体の声」として扱うが如き意見に対しては、到底同意出来ません。寧ろ、「中国」・韓国及び北鮮を除いた「アジア全体の声」に、日本はもっと耳を傾けるべきでは無いのか? そう思う訳です。

扨(さて)、以上を踏まえた上で、本題である「台湾インパクト」に話を戻します。私は本コーナー『歴史再考』を通して、「中国」が決して日本の「友好国」等ではなく、寧ろ、「敵国」である事を論じてきました。日本は、先の大戦について反省と謝罪を繰り返し、有償無償の資金協力と様々な技術協力を通じて、「中国」の発展に寄与し、終始、善隣友好関係を維持すべく腐心してきました。然し、その答えは、国家を挙げての「反日」であり、領土(尖閣諸島に対する領有権主張)・海洋権益(排他的経済水域・海洋資源)・内政問題(靖国参拝・歴史教科書・改憲論議)・外交(国連安保理常任理事国入りに対する反対表明)に対する主権侵害、そして、核の照準を合わせる国防上の敵対行為でした。この様な「敵国」=「中国」に対して日本が取り得る、極めて現実的な選択肢(オプション)は何であるか? それこそ、昭和47年以来、断交状態にある台湾との復交と、それに伴う「中国」との断交、

断支交台(支那と断ちて、台湾と交わる)

である訳です。

「中国」は台湾に対して、台湾の大陸への統合(併合)──「祖国統一」を国是としています。そして、当の台湾はと言えば、我々日本人は概して、民主進歩党(民進党)・台湾独立聯盟(台連)に代表される「独立派」(「中華民国」から「台湾共和国」への脱皮)と、中国国民党・親民党に代表される「統一派」(祖国「中国」との統一)に国論が二分されている様に思っています。然し、台湾には、「独立」派でも無く、ましてや「中国」との「祖国統一」派でも無い、もう一つの「祖国統一」派 ── 第三勢力がいる事を、最後に記しておきたいと思います。それは、明治28(1895)年の清国による割譲から、昭和20(1945)年の終戦による放棄迄の50年間、台湾が「日本の一部」(帝国領土)だった「歴史」を懐かしみ、もう一度、「日本に復帰したい」(日本人になりたい)と願っている

「日台併合」(日台合邦)派

の存在です。台湾とて一枚岩では無く、「親日」と同時に、嘗(かつ)ての国民党政権時代の教育による「反日」も当然乍(なが)らいます。然し、「中国」に比べれば、台湾は比べ様も無い程、「親日」です。将来、日本と台湾が再び「一つの国」になるのか否か、それは分かりません。然し、少なく共、日本が選ぶべきは、「中国」では無く、台湾である事だけは確かです。日本の今後の対アジア(対中・対韓)政策の為にも、日本の国防上の観点からも、同じ島国(海洋国家)であり、「中国」に比べて遙かに共有する価値観の多い台湾との関係を強化する事。それこそが、これからの時代の「興国の興廃」(日本の浮沈)を握る重要な鍵であると同時に、台湾にとっても生命線である、日本と台湾は一蓮托生(いちれんたくしょう)の仲である、と私は思うのです。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年6月14日付で掲載したコラムです)
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by ayanokouji3 | 2005-06-15 22:50 | 歴史再考 | Comments(0)  

日本は最早、反省も謝罪もする必要は無い!!

「極東国際軍事裁判(東京裁判)は、『平和や人道に対する罪』を勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。『A級戦犯』の遺族には年金を貰(もら)って頂いており、日本国内ではその人達(A級戦犯)はもう罪人では無い」

「中国に気遣(きづか)いして、『A級戦犯』が如何(いか)にも悪い存在だと言う、処理のされ方をしているのは残念だ。日中、日韓関係が大事と言うだけで、靖国神社に『A級戦犯』が祀(まつ)られているのは悪いが如(ごと)く言う。こう言う片付け方をするのは後世に禍根を残す」

これは、平成17(2005)年5月26日に開かれた自民党代議士会の席上、小泉総理の「靖国参拝」を支持する森岡正宏・厚生労働政務官が行った発言です。この発言はその後、物議を醸(かも)し、野党の民主党や共産党は森岡政務官の更迭を要求、連立与党の公明党からも非難の声が上がりました。又、同月27日には、「中国」外交部(外務省に相当)の孔泉・報道局長も談話を発表し、

 「国際正義と人類の良識に対する公然たる挑戦」

と非難すると同時に、

 「日本軍国主義の野蛮な侵略によって被害を受けた国民の感情を深く傷つけるものだ」

と激しく反発しました。(当然、韓国も反発) 然(しか)し、この「森岡発言」に対しては同調する向きもあり、同じ自民党の片山虎之助・参院幹事長は、

 「森岡さんの様な意見は国民の間に昔からある。それを代弁したのだと思う」

と擁護。更に小泉総理も、野党からの罷免(ひめん)要求に対しては、

 「議員個人としての発言ですからね。あまり取り上げない方が良い」

と発言し、暗に「森岡発言」を容認しました。まあ、一昔前なら、それこそ即刻罷免の御沙汰(おさた)が下(くだ)ったもので、正に隔世の感があります。とは言え、『朝日新聞』をはじめとする反日メディアの牙城を筆頭に、未(いま)だに「東京裁判」の判決を金科玉条の如く押し戴(いただ)き、戦勝国によって勝手に貼られた「A級戦犯」・「B級戦犯」・「C級戦犯」(以下、総じて「戦犯」と略)と言う不条理なレッテルに対して、何ら疑いを持たない「カルト教信者」がいる訳で、そう言った輩(やから)にしてみれば、「森岡発言」はそれこそ許されまじき「暴言」・「妄言」と言った所なのでしょう。それに対して、私も一日本国民として黙っている訳にはいきません。と言う訳で、今回は、所謂(いわゆる)「A級戦犯分祀(ぶんし)」問題も絡めて、私なりに今回の一件について論じてみたいと思います。

先(ま)ず、私自身の結論から言えば、「森岡発言」については極めて当然の事を言った迄(まで)であり、この発言が何故(なにゆえ)問題視されるのか理解に苦しみます。又、この発言が原因で、森岡政務官が辞任したり、罷免されたりする必然性についても万分の一もありません。私は、嘗(かつ)てコラム『1.東京裁判は法律上成立しない』に於いて、「東京裁判」の違法性を指摘し、その「裁判」(を模した戦勝国による敗戦国に対する私刑(リンチ))によって下された「判決」の無効を唱(とな)えました。詰(つ)まり、「東京裁判」によって「有罪」の宣告を受け、或(あ)る者は死刑に、又、或る者は禁固刑・懲役刑に処された「戦犯」と呼ばれた人達は、戦勝国が勝手にそう決め付けたに過ぎず、もう一方の当事者たる我々日本人にとっては「戦犯」でも何でも無い訳です。現に日本国内では、東条英機(ひでき)・陸軍大将(「大東亜戦争」当時の総理)以下、「A級戦犯」と呼ばれる人達に対して、戦勝国とは別に改めて日本の国内法に基づいて「戦犯」として裁(さば)きを下してはいません。詰まり、国内法的には、彼ら「戦犯」は、「戦犯」=犯罪者でも何でも無い訳です。現に、A・B・C級と言う区分に関係無く、彼ら「戦犯」の遺族に対しては、遺族年金等が給付され(もしも、国内法的にも「戦犯」=犯罪者として扱われたとしたら、給付の対象にはならなかっただろう)、国内的には既に名誉回復が為されている訳です。だからこそ、彼ら「戦犯」も、靖国神社に他の英霊と共に、「英霊」として祀(まつ)られている訳です。

扨(さて)、その靖国神社に合祀(ごうし)されている「A級戦犯」の取り扱いについては、支那・韓国が執拗に問題視し、小泉総理が「A級戦犯」が祀られている靖国神社に参拝を繰り返している事を政治問題化している事については、皆さんもご存じの通りです。それを受けて、日本国内でも、靖国神社に祀られている「A級戦犯」を分祀すべきだとか、靖国神社とは別に、英霊の為の国立慰霊施設を造営すべきだ、と言った意見が出されています。その様な中、「森岡発言」から3日後の5月29日、自民党の中川秀直・国会対策委員長が一つの提案をしました。曰(いわ)く、

 「靖国神社と遺族が話し合い、A級戦犯の分祀を自発的にする。それで、中国も日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに賛成する(事が望ましい)」

と。この発言は、要は日支(日中)間の対立の原因となっている「靖国問題」を解決し、日本の悲願であり、且つ最大の懸案となっている国連安保理常任理事国入りで、支那の支持を取り付けようとの考えである訳ですが、私から見れば、それこそとんでも無い話です。

中川氏は提案の中で「自発的に」と発言していますが、何故(なぜ)、「自発的に」すべき事を、当事者(靖国神社と遺族及び関係者)でも何でも無い中川氏が口にしているのか? これでは、「自発的」どころか、「強要」では無いのか? 例えば・・・貴方(あなた)のご先祖様が眠るお墓に貴方がお参りしている事に対して、何者かが文句を言い、それを見かねた誰かが貴方に対して、

 「菩提寺と相談して、自発的に何処(どこ)か別の所へお墓を移したらどうでしょう?」

と言ってきたとしたら、貴方はどう思われますか? 「余計なお世話だ!!」と憤慨する事でしょう。それと同じ事です。又、幾ら日支間が「政冷経熱」と言われ、政治面で関係が戦後最悪と言われているとは言え、安保理常任理事国の椅子(ポスト)を手に入れる為に、「戦犯」を出汁(だし)に使う事が果たして許されるべき事なのか? 私は非常に疑問を覚えます。いや、疑問どころの話では無いのです。

中川氏を含め、「A級戦犯」分祀論者は、靖国神社から問題視されている「A級戦犯」を分祀さえすれば、それで問題が解決する、と考えている様ですが、それこそとんでも無い誤解です。確かに、支那・韓国は、小泉総理が「A級戦犯」の祀られている靖国神社に参拝する事を問題にしています。その観点に立てば、単純に靖国神社から「A級戦犯」を分祀さえすれば、その後、小泉総理が「A級戦犯の祀られていない靖国神社」に幾ら参拝しようが、問題にならない、と思うでしょう。然(しか)し、靖国神社から「A級戦犯」を分祀すれば、それで話が終わる、とは限りません。いや、支那・韓国は味を占めて更に無理難題を吹っ掛けてくる可能性の方が大きいのです。

落語に『饅頭(まんじゅう)怖(こわ)い』と言う小咄(こばなし)があります。世の中に、饅頭が死ぬ程怖いと言う男がいて、その男をからかってやろうと、饅頭を入れた押し入れに男を閉じこめます。すると、あろう事か押し入れに閉じこめられた男は、饅頭を全て平らげ、今度は「お茶が怖い」と嘯(うそぶ)く・・・ 「饅頭が怖い」と言うのは実は真っ赤(まっか)な嘘で、その男は饅頭が大好物。たらふく饅頭を食った男は、今度は「お茶が怖い」と言ってお茶を所望(しょもう)する、と言うストーリーなのですが、「靖国問題」もこれと同じ事です。現時点で支那・韓国は、「A級戦犯」の合祀を問題にしており、これは「饅頭」に相当します。では、「饅頭」が解決したら、それで終わるのかと言えば、今度は「お茶」── 例えば、総理以下閣僚の靖国神社への「参拝」行為そのもの ── を要求してくる事でしょう。彼らの民族性からしても、一度、こちらが良かれと思って譲歩すれば、「妥協する事無く恫喝すれば、次から次へと無理難題を呑む」と認識します。それは、日本が戦後60年間、「非戦」を誓い、一度も戦争をせず、「平和国家」として歩んできたにも拘(かか)わらず、未だに、やれ「反省しろ」、「謝罪しろ」と言っている事が充分に証明しています。彼らに対しては、幾らどの様な方法で謝罪しようが、「最強の切り札(カード)」である以上、絶対に手放す筈が無く、対日交渉に於いて不利とあらば、何時(いつ)でも何回でも繰り返し持ち出して来る事は目に見えている訳です。

戦勝国側の勝手な論理でレッテルを貼られた「A級戦犯」にしろ何にしろ、「英霊」に対する慰霊と鎮魂は、あくまでも日本の「国内問題」であり、突き詰めれば、日本人の宗教観の問題であり、魂の問題です。その様な問題を外交の取引材料にすべきではありません。ましてや、不当な言い掛かりを繰り返す支那・韓国に対しては尚更(なおさら)の事です。先の戦争 ── 特に「支那事変」(日華事変・日中戦争)が、必ずしも日本の一方的な原因で為されたものでは無い事は、従前のコラムで触れた通りです。更に言えば、戦後、成立した「中国」── 中華人民共和国が、日本に対して彼らが言う所の「正しい歴史認識」を強要し、先の戦争に対する反省と謝罪(更にはその延長としての賠償)を、繰り返し要求しているその裏で、彼(か)の国が今迄に一体何をしてきたのか? それを考える時、

日本は最早、反省も謝罪もする必要は無い!!

私はそう思う訳です。それと同時に、極めて「歴史」について不勉強であり、且つ、支那に媚(こ)び諂(へつら)う政治家が多い中、当然の事を、当然の事として発言した森岡政務官の良識を支持すると共に、より多くの政治家・財界人がこの様な「正しい歴史認識」を持つ事を、切に希望してやみません。その為にも、「中国」と関わる政治家・財界人に対しては、

(なんじ)ノ敵、「中国」ヲ知レ

と声を大にして言いたいですね。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年6月3日付で掲載したコラムです)
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by ayanokouji3 | 2005-06-04 20:41 | 歴史再考 | Comments(0)  

追いつめられた国民党 ── 国共トップ会談の示したもの

昭和24(1949)年1月、毛沢東(マオ=ゼットン)率いる中国共産党(以下、「中共」と略)との内戦(国共内戦)に敗れた国民党の蒋介石(チャン=カイシェク)総裁が首都南京を脱出し台湾へ逃避してから実に56年。平成17(2005)年4月26日、「国民党主席」として南京の土を踏んだ連戦(リエン=チャン)氏は、同月29日、北京の人民大会堂に於いて、胡錦涛(フー=チンタオ)共産党総書記(中国国家主席)と、昭和20(1945)年8月から10月にかけて行われた蒋介石・毛沢東の国共トップによる所謂(いわゆる)「重慶交渉」以来、実に60年ぶりの国共トップ会談に臨みました。この会談に於いて、中台(支那と台湾)の敵対状態を終結させ、平和協定締結を促進する等、「中国」(中華人民共和国=支那)による『反分裂国家法』(反国家分裂法)制定等で悪化した中台関係の改善と発展を目指す五項目に合意、事実上の「第三次国共合作」が為された訳です。この「第三次国共合作」によって連戦・主席率いる国民党は、蒋介石総統以来、常に台湾の政権を担ってきたにも拘(かか)わらず、民進党(民主進歩党)の陳水扁(チェン=ショイピエン)・現台湾総統によって野党に堕(お)とされた国民党の「復権」を画策した訳ですが、私はそこに国民党の凋落ぶり、更に言えば末期的症状を見た気がしました。と言う訳で、今回の「第三次国共合作」について、私なりに論じてみたいと思います。

胡錦涛・連戦会談に於いて、国共両党トップは、「一つの中国」の原則に関する平成4 (1992)年の所謂『中台合意』の堅持と台湾独立反対で一致した事を内外に表明した訳ですが、ここに国民党のある種の「限界」が見て取れます。我々は「台湾」、「台湾」と呼んでいますが、あの「国」の正式な国号は未だに「中華民国」である訳です。 宋楚瑜 「中華民国」とは大陸の「中華人民共和国」同様、本来、支那(中華)を領土として初めて成立しうる筈なのですが、現実に「中華民国」が領土としているのは、台湾島とその附属島嶼に過ぎません。そのある種の「捻(ねじ)れ」を解消し、台湾が主権独立国家である事を強く主張する為に、台湾の政権与党である民進党や台連(台湾独立聯盟)は、その国号を「正名」(名を正(ただ)す事) ── 実情(現実の領土や施政権の及ぶ実効統治範囲)に合わせて、「中華民国」から「台湾共和国」へと改称 ── する事を目指している訳ですが、第一野党の国民党及び、宋楚瑜(ソン=チューユィ)主席率いる第二野党の親民党は、あくまでも「中華民国」=「中国」の呼称に拘っています。抑(そもそ)も、「国民党」、「国民党」と呼んでいますが、こちらも「台湾」の呼称同様、正式な党名は「中国国民党」です。決して「台湾国民党」では無い訳です。まあ、国共内戦に敗れた蒋介石の「中国国民党」が一族郎党(大陸出身者、所謂「外省人」)を引き連れ大挙して台湾へと逃れ、李登輝政権に至る迄、その国是はあくまでも「大陸反攻」・「失地回復」(大陸の中共政権を打倒し、その支配権を奪還する)だった事を考えれば、分からなくもありません。彼ら国民党=外省人にとって「台湾」とは、所詮あくまでも「仮の住まい」でしか無く、いつの日か大陸へ帰還する、その日が来る迄、仕方無く台湾にいるだけと言うスタンスである訳です。

然(しか)し、国民党が台湾へ逃れて(やって)来てから、既に半世紀以上もの歳月が流れ、蒋介石はおろか、その子息で台湾における二代目の総統・蒋経国も最早(もはや)この世にはいません。いや、それどころか「外省人」とは言っても、生まれも育ちも台湾と言う三世・四世に至っては、「祖国」と言えば台湾以外には無く、今更、非民主独裁国家「中国」との統一や「祖国帰還」等望んではいません。その様に考えれば、国民党が存続する道は唯一つ。蒋介石以来の党是「大陸反攻」・「失地回復」や建前としての「中国国民党」と言う名称と決別し、台湾に於ける台湾人による台湾の為の政党、

台湾国民党

に脱皮する以外にはありません。その為には、今も尚、内省人に大きな傷跡を残し、外省人や国民党に対する強い不信の根源となっている二・二八事件に対する総括と明確な謝罪をしなければなりませんし、「中国」(中共)が固執する「一つの中国」と言う論理と決別、台湾独立派が強く主張している「一つの中国、一つの台湾」と言う論理を受け入れなければなりません。詰まり、外省人政党(余所(よそ)者)として出発している国民党が、内省人・外省人と言う「省籍問題」を乗り越え、新「台湾人」政党として台湾公民(国民)の利益を第一義に考えるか?にかかっていると言っても過言ではありません。とは言え、私は国民党の存続には極めて懐疑的です。

連戦主席の国民党にしろ、時を一にして訪支(訪中)した宋楚瑜主席率いる親民党にしろ、孰(いず)れも中共の「虎の威を借る」戦略を以て、与党民進党・台連に対抗する道を選択しました。然し、先に書いたコラム(146.『北京五輪は開催されない? 胎動し始めた「共産中国」の崩壊』)でも論じましたが、その「虎」(中共)自身の威信が低下、崩壊の道を歩んでいる訳で、その様なものに頼っている国民党・親民党の先は見えたも同然です。国民党は、外省人たる蒋家二代の後、内省人出身の李登輝(リー=トンホイ)氏を党主席・総統に迎えた時に、実は大きなチャンスがありました。前述の様に「中国国民党」から、台湾に於ける台湾人による台湾の為の政党「台湾国民党」へと脱皮するチャンスがあったのです。然し、折角の好機を国民党は逃してしまいました。李登輝総統の下(もと)で副総統の地位にあった連戦氏が、「正統な後継者」として李登輝路線を踏襲し、台湾(中華民国)の「台湾化」を推進していたとしたら、ひょっとしたら、当時、弱小政党であった民進党に政権を奪取される事は無かったでしょうし、その後も、台湾の政権与党としての地位を確保していたかも知れません。

台湾公民の多くは、「独立」を望まず、かと言って「祖国統一」(「中国」への併合)も望まない「現状維持」派でしょう。然し、それはあくまでも中共による「武力解放」、言い換えれば、「中国」からの軍事脅威があるからです。もしも、その原因である「中国」が崩壊し、台湾にとって脅威で無くなったとしたら? 大手を振って「台湾独立」を宣言出来る様になった時、その時こそ、国民党や親民党の役目は名実共に終わる事でしょう。そして、その時は案外近いのでは無いか?と見ています。その時、

台湾に於ける台湾人による台湾の為の政治

を成し得る政党、その政党だけが生き残れると思いますし、国民党や親民党が党を維持存続したいのであるならば、中共等に媚(こ)び諂(へつら)って歩み寄らず、台湾公民の事を第一に考える真の台湾政党としての道を模索するべきです。又、それと同時に、内省人・外省人と言う省籍の違いを乗り越えて、与野党共に「台湾人」として協調、切磋琢磨出来るかどうか、それこそが台湾の独立維持と、国際社会に於ける地位向上の試金石となるのでは無いか、と私は思っています。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年5月28日付で掲載したコラムです)
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by ayanokouji3 | 2005-05-29 20:56 | 歴史再考 | Comments(0)  

北京五輪は開催されない? 胎動し始めた「共産中国」の崩壊

平成17(2005)年4月9日、北京。16日、上海。17日、瀋陽・・・支那各地で吹き荒れた「反日」デモや「反日」暴動は、23日にインドネシア・ジャカルタでのバンドン首脳会議(アジア・アフリカ会議50周年記念首脳会議)の終了後に行われた小泉総理・胡錦涛(フー=チンタオ)国家主席による日支首脳会談(左写真)に合わせる形で、「中国」(支那)当局が徹底的な封じ込めを行うと同時に、一部襲撃犯の拘束、顔写真のウェブ公開、「反日」掲示板の閉鎖措置を講ずる等して、一先(ひとま)ず「沈静化」しました。今回の騒擾(そうじょう)事件については、支那人暴徒の襲撃によって被害を受けた大使館・総領事館、その他の日本企業に対する補償と謝罪を要求した日本に対して、「中国」は今現在に至る迄、明確な謝罪も公的補償も行わず、逆に「責任は日本側にある!!」との強圧的な姿勢を貫いています。この点で見ると、日本は「中国」に徹底的にナメられており、私自身も一日本国民として非常に憤慨しています。しかし、別の視点で今回の事件を眺めた時、「愈々(いよいよ)、歴史が大きく動き始めたな」と言った印象を強く抱きました。そして、もしも外(はず)れれば、物凄い恥をかく事を百も承知の上で、私は敢えてこう断言します。

2008年の北京オリンピックは開催されない!!

と。「中国」が悲願だった開催権を獲得し、国家の威信に賭けて、何としても成功させるべく躍起になっている首都・北京でのオリンピック開催。その北京五輪が開催されない、とは一体どう言う事なのか? 理由は唯一つ。何故(なぜ)なら、

まもなく、「中国」が崩壊する!!

からなのです。と言う訳で、今回は、「中国」が日本に対して必ず使う口癖である「歴史を鑑(かがみ)」に、何故、「中国」が崩壊する等と言えるのか?について書いてみたいと思います。

まもなく、「中国」が崩壊する!! 何故、その様な突飛(とっぴ)も無い事を言えるのか? その説明をする前に、時計の針を一世紀前に戻してみる事にします。時は、明治33(1900 光緒26)年の清国での事。この年の春、山東省から河北省に移動した「義和団」と呼ばれる農民主体の反帝国主義・反キリスト教武術集団が、6月、清国の首都・北京を制圧し、列国公使館区域を包囲。更に余勢を駆って、列国租界を抱える天津(てんしん)をも占領したのです。この間、日独外交官の殺害事件や、列国居留民に対する襲撃が相次いだ事から、日本を含む列強八ヶ国連合軍が義和団と交戦。更に、この戦いに便乗する形で、清朝が義和団側に立って列強に宣戦布告、清朝と列強との直接対決に突入したのです。これが、世に言う「北清事変」(義和団事件;右写真)で、結果は義和団の壊滅、清朝の敗北に終わった訳ですが、この事変に際して、義和団はこの様なスローガンを掲げていました。

扶清滅洋
(清朝を扶(たす)けて、洋(西洋列強)を滅ぼす)

字義通りに解釈すれば、正に民衆の愛国精神の発露と言った所ですが、実は、彼ら義和団が掲げた「扶清滅洋」の「清」とは、必ずしも清朝を指していた訳では無かったのです。表向き、「扶清」と称していただけで、彼らの扶(たす)けるべき「清」とは、清朝の事では無く、自分達の郷土・国土だったのです。

北清事変に際して、清朝は、首都・北京と天津の二大都市を制圧されたにも拘(かか)わらず、「扶清滅洋」を掲げていた義和団を支持し、遂には列強に宣戦布告するに至った訳ですが、扨(さて)、皆さん、この光景が何かに似ていると思いませんか? そう、今回の「反日」騒動に非常によく似ているのです。例えば、「反日」デモ参加者が掲げていたスローガンを幾つか挙げて見ると、
打倒日本帝国主義

抵制日貨

(日本製品不買)

中華人民共和国万歳

と、孰(いず)れも「愛国主義」的言辞ばかり。又、日本の大使館・総領事館や日系企業に対する襲撃に際しても、暴徒は

愛国無罪
(祖国を愛していれば、罪には問われない)

を繰り返し、口にしていました。これだけを捉えると、「反日」デモ参加者による愛国精神の発露に見えますが、彼らも本質では義和団と同じなのです。彼らが掲げた「中華人民共和国万歳」の「中華人民共和国」=「中国」とは、自分達の郷土・国土の事であり、必ずしも、中国共産党の一党独裁政権と同義では無いのです。この点は、義和団と清朝との関係と全く同じです。更に、北清事変の際には、清朝が義和団の行動を支持・同調しましたが、今回の「反日」デモに際しても、当初、「中国」政府は彼らの行動を支持・黙認していました。詰まり、北清事変と「反日」デモは、時代・体制共に異なっていたにも拘わらず、非常によく似ていたのです。

以上の様に、北清事変と「反日」デモの類似性に付いて見てみた訳ですが、それでは、北清事変後の清朝は一体どうなったのか? 日清戦争に敗北し、北清事変でも敗北し、国土を次々と列強に蚕食されていた清朝は滅亡へと突き進みました。「扶清滅洋」を叫んでいた民衆が、次に口にしたのは何と、

排満興漢
(満を排し、漢を興す)

だったのです。「満」とは、支配階級である満州族を指し、ひいては満州族による征服王朝「清」を、もう一方の「漢」とは、満州族による支配を受けていた漢民族を表します。そして、このスローガンは、太平天国の乱(1851~1864)の際に掲げられた「滅満興漢」(満を滅ぼし、漢を興す)と同義であり、満州族による征服王朝「清」を打倒し、漢民族の独立復興を目指す、との意味が込められていた訳です。そして、このスローガンは更に、

駆除韃虜、恢復中華
(韃虜(満州族)を駆除し、中華を恢復する)

へと発展し、清朝打倒=辛亥革命へと繋がっていった訳です。

扨、北清事変の際に「扶清滅洋」のスローガンを掲げていた民衆が、その後、「排満興漢」のスローガンを叫び、清朝が滅亡した「歴史」に触れた訳ですが、それでは、「反日」デモを容認し、その後、世界各国からその対応を批判された「中国」は、今後、一体どうなるのか? 非常に気になる所ですが、私はある歌の歌詞を以てその答えとしたいと思います。

♪この道は いつか来た道    
 ♪ああ そうだよ   
         ♪あかしやの花が 咲いてる

これは、昭和元(1926)年、雑誌『赤い鳥』8月号に発表された、北原白秋・作詞、山田耕作・作曲の『この道』と言う唱歌の歌詞ですが、共産党一党独裁政権の「中国」が今現在歩んでいる道も、「いつか来た道」── 清朝が辿(たど)った道(歴史)を歩んでいる様に思えるのです。平成元(1989)年6月4日、北京中心部の天安門広場に於いて、民主化を要求する学生・市民に対し、体制が人民解放軍の武力を以て鎮圧した第二次天安門事件。あの事件で、「中国」国民の本音が明らかになりました。詰まり、彼らの心の奥底にも、形を変えた「排満興漢」意識(共産党一党独裁体制を打倒し、民主化を達成する)があるのだと言う事がです。今回の「反日」デモでは、様々な「反日」スローガンが飛び交い、「愛国」が叫ばれましたが、抑(そもそ)も、1990年代の江沢民(チャン=ゼミン;左写真=右は胡錦涛・国家主席)政権時代の過度な「反日教育」の影響とは言え、彼らの「反日」・「愛国」は、やり場の無い共産党一党独裁政権に対する憤懣の「捌(は)け口」としての色彩が濃い訳で(「捌け口」の矛先にされた日本はいい迷惑だが)、その憤懣の矛先が何時(いつ)、自分達(政府であり、党)に向けられるか分からない、と言うのが実情なのです。その事を充分承知していたからこそ、国際法を無視(『外交関係に関するウィーン条約』違反)し、国際社会の顰蹙(ひんしゅく)(加害国でありながら、被害国に対して謝罪・賠償をせず、責任も被害国側に転嫁)を買っても尚、「反日」デモ・襲撃を行った自国民の肩を持った訳ですが、今回、上海市政府の事前の呼び掛けを無視する形で「反日」デモが強行され、当局が日本総領事館に対する襲撃をも阻止出来なかった事で、よりはっきりしました。何がはっきりしたのか? それは、

最早、国民は共産党一党独裁体制の言うが儘にならない!!

と言う事です。

昭和55(1980)年、一冊のセンセーショナルな本が出版されました。題して『ソビエト帝国の崩壊』(光文社刊)。著者である小室直樹氏(評論家・社会学者・政治学者・経済学者・法学者;右写真)は、著書の中で、11年後の平成3(1991)年に現実となったソ連崩壊を「予言」した訳ですが、冷戦時代の真っ只中であった当時、一体どれ程の人が、米国と共に東西冷戦を担(にな)っていた東側陣営の盟主「ソヴィエト帝国」が滅亡する等と信じたでしょうか? 然(しか)し、まさか、よもや、と思われていたソ連崩壊は現実となった訳です。「歴史は繰り返す」と言います。又、「中国」が日本に対して、耳に胼胝(たこ)が出来る程、執拗に口にしてきた

歴史を鑑(かがみ)に

現在の「中国」の有り様(よう)を見る時、私は、

まもなく、「中国」は崩壊する!!

── 中国共産党一党独裁政権による「中華人民共和国」は間違い無く崩壊・分裂する、と断言出来ます。そして、それは、北京五輪の開催が予定されている平成21(2008)年よりも以前だろう、と。これを単なる「世迷(よま)い言(ごと)」と一笑に付すのは簡単です。然し、もしも本当に「中国」が崩壊したら? 「その時」の事を想定して、日本政府・外務省は、「日本としての対応」を考えておくべきですし、「中国」崩壊による極東の軍事的均衡の不安定化を考慮して、防衛庁・陸海空三自衛隊も即応可能な「行動作戦計画」を具体化しておくべきです。又、「中国」企業と取り引きをしていたり、大陸に進出している日本企業 ── 財界も、日本経済への影響を最小限に留めるべく、対応策を練っておくべき、と言えます。
竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

(本投稿は、Web『帝國電網省』の「歴史再考」に、2005年4月29日付で掲載したコラムです)
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by ayanokouji3 | 2005-04-30 21:40 | 歴史再考 | Comments(0)