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北朝鮮問題について

 9.11の惨事が起きてから既に16年、欧米の動揺や中国での内部闘争が続き、世界にくすぶる火種の中で、ここに来て北朝鮮問題が前面に出て来たのは、必然のことである。

 北朝鮮問題には、欧米的価値観を是としない個人商店的国家からの異議申立という側面があり、人民の生活水準を抑制している独裁体制存続および国際的地位の向上への欲求に根ざしたものであることは言う迄もない。

 1990年代同様、歩調の揃わない国際社会がさんざん振り回された挙句、最終的に、国家存続に手を貸す結果となるような気がしてならない。

 南朝鮮である韓国はもとより、宗主国たりし日本が主導的立場で携わることが出来ず、本来持つべき解決能力もないことこそ、問題の本質である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-09-14 14:11 | Comments(0)  

日本国の行く末について

 一時期、一般の報道は「モリ・カケ」騒動で持ち切りであった。今、冷静に思い起こすに、入閣待望組の恨みとスクープ記事の枯渇から来たものと素直に解釈すれば、納得出来る。

 その間、「ファースト」の会派の勢力伸張が見られたものの、肝心の民進党の凋落(ちょうらく)には特段の驚きはなく、旧社会党をはじめとする、信念なき政党の栄枯盛衰を見る思いがする。

 さて、日本国の行く末を憂慮して識者が種々論ずることは尤(もっと)もであり、傾聴に値する。例えば、小泉氏子息が企業経営者の「年金返上」を提唱し始めたのは当然の成り行きであり、小手先の策であってもやらぬよりましである。

 政治でも経済でも暗中模索、試行錯誤した上で、所詮なるようにしかならないのが世のならいである。日本国の行く末は明るいものと信じて余生を送るほかはない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-08-28 13:10 | Comments(0)  

戦後72年の所感

 戦後30~40年頃迄は様々なレベルにおいて戦争の生々しい記憶を呼び起こす努力がなされていたように思うものの、50年ともなると、政治の駆引の材料に使われ、村山談話という、一方的な歴史認識を踏まえた、唾棄すべき談話が登場した。

 60~70年になっても村山談話が足枷となり、歴史認識の完全是正が遠のいたのは残念なことであるが、その後、籠池騒動の過程において、教育勅語に関心が集まったのは意外であった。

 戦後72年に当り、開戦と終戦の詔勅を襟を正して、眼光紙背に徹するが如く拝読するとき、今の時代にも十分通用する、日本民族の進むべき路線が明らかとなる。

 研究し尽くされて、再発掘・秘録といった区々たる歴史の事実というものに目新しさがなくなった今こそ、上記詔勅の意義を甚だ大きく感ずるのである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-08-14 20:07 | Comments(0)  

老台北の死を悼む

 作家・司馬遼太郎の『街道をゆく 台湾紀行』に「老台北」の名で紹介された台湾の親日家・蔡焜燦氏が7月17日、90歳で大往生した。

 「親日国」台湾に於いても、とりわけ「親日家」、いや「愛日家」として知られた蔡焜燦氏は、台湾の精神的支柱・李登輝元総統と共に、日台両国の友好親善に多大な功績を残し、我が国では平成26(2014)年春の叙勲で旭日双光章を受賞、今年度の外務大臣表彰も受けた。

 その蔡焜燦氏が逝った。

 「日本人」として生まれ、終戦迄、日本語環境の中で育った「日本語世代」も齢(よわい)を重ね、一人、又一人と鬼籍に入っていくが、日本統治時代を知らない若い世代にも、彼らの蒔いた種子は確実に受け継がれている。

 時は移ろう。だが、日台両国の絆は時と共に深まりこそすれ、薄れる事は無い。

 「老台北」の蒔いた種子は確実に育ち、芽吹き、そして、花開いているのである。

竹下義朗 TAKESHITA Yoshiro

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by ayanokouji3 | 2017-07-29 06:07 | Comments(0)  

孫政才失脚について

 習近平の後継者の一人と目された孫政才の失脚が明らかとなったが、江一派に通ずる不届者の処分として見せしめの効果が大いにある。

 2013年の王立軍事件から始まる一連の反腐敗闘争が一段落したかに見え、王岐山の醜聞が出て来た後にこうした事態が出来するとは、中国の権力闘争のダイナミックさには目を瞠るものがある。

 米国ではロシアゲート、オバマケア代替法等の難問が立ちはだかり、日本でもはっきりしない政治の世界での争いが続いている。情報が余りに多過ぎることが難点であり、日米それぞれの国民のレベルを反映している。

 中国の政治状況はこれと異なり、情報が少な過ぎて、何が起きているのか判らないところに不気味さと難解さがある。人民もそのレベルということである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-07-28 16:35 | Comments(0)  

劉暁波氏の死去と台湾について

 民主活動家劉暁波氏の死去について、蔡総統は「人権闘士に最高の敬意を表する」とツイッターに記したという。

 言う迄もなく、人口が多く、領土も広い、存在感のある中国にとって民主化や人権といったものを簡単に認めることになれば、国は四分五裂になるという可能性が高い。

 報道規制を敷いて同調の動きを押さえ込むという方法も既に時代遅れの感があるが、これが現在の中国の実力ということである。

 劉暁波氏の理想を顕彰することで、台湾の立場を国際的に主張することが出来れば、これに過ぎるものはない。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-07-14 22:38 | Comments(0)  

香港返還20周年と台湾について

 香港返還が近づいていた1994年秋~97年初、小生は毎月香港や広東・福建に出張していたこともあり、香港市民の様子や大陸での受け止め方は大体判っていた。

 1996年は靖国・尖閣問題が再燃、中国海軍の台湾海峡での演習が話題となり、翌年の香港返還に向けての地ならしが着実に行われているように思われた。

 あれから実に20年余り、中国の発言力が更に大きくなり、香港の「一国両制」の旗印は色褪せた。香港返還で明らかになったことが台湾にとって参考となったということである。

 台湾が容易に第二の香港となる可能性は最早なくなったものの、陰に陽に続く中国の台湾への影響力に対し、日米が国際問題として対処すべきことは勿論である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-06-28 17:13 | Comments(0)  

「金銭外交」と「恨の外交」について

 パナマが中国の「金銭外交」に屈し、台湾と断交したとの記事を読んだが、流れは決まっており、今更(いまさら)驚くには当たらない。

 中国の「金銭外交」は香港の民主化の波もとどめ、くすぶる不満を押さえつけているのは事実であり、抗(あがな)うのは困難である。

 他方、韓国は相変わらず「恨(ハン)」にもとづいた外交を続けているが、慰安婦合意の再交渉に関する方針が揺らいでいる面もある。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)のひそむ国際政治の舞台の中で、台湾も日本も「金銭外交」や「恨(ハン)の外交」に振り回されることなく、これ迄の経緯を踏まえ、譲歩せず、自国の主張を繰返していれば良いだけの話である。それにしても、日本の外務省や各国外交部の実務担当者による、成果を明らかに出来ない様々な努力には頭が下がる。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-06-14 11:04 | Comments(0)  

台湾問題について

 欧米の動揺や朝鮮半島情勢の緊迫化を受けて、南支那海や台湾問題が一時期より矮小化して来たように見える。

 台湾問題については、中国側から嫌がらせがあっても現状が大きく変更することはないだろうという安定感がある。

 従って、台湾側の要求が他国には重く受け止められず、反応が中途半端に終わっているのだと考える。

 台湾の然るべき国際的地位および個人のアイデンティティの確立は依然として課題であり続けるものの、その重要度を他国が親身になって考えるには不安定現象が不可欠である。当分の間そうはならないのは台湾にとって非常に良いことである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-05-28 13:08 | Comments(0)  

憲法改正について

 安倍「総裁」よりの2020年に憲法改正実現という方針に対し、予想以上に反響があったように見えたのは意外であった。

 随分と先送りされて来たことであるから、何時(いつ)でも予告がなされて然るべきであった。

 内容よりも改正することに意義があるのであり、護憲派にとっては許し難(がた)い暴挙と映ることに変わりはない。

 何でも反対の時代が終わったことは明らかである。今後、改正手続の経過を報道にて知るのが楽しみである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2017-05-14 14:26 | Comments(0)