「知台」と「親台」について
竹下氏の投稿を読んで、「知日」「親日」ならぬ「知台」「親台」について考えてみた。
知ることと知らないことには相対的に幾分かの差があっても、絶対的には殆(ほとん)ど差はない。
併し、台湾に関して幾ら知識があっても、台湾を親密に感ずると感じないとでは雲泥の差を生ずる。
以前の台湾を知っているからではなく、現在の台湾を知ることによって親密の度は一層増すものと考える次第である。
知ることと知らないことには相対的に幾分かの差があっても、絶対的には殆(ほとん)ど差はない。
併し、台湾に関して幾ら知識があっても、台湾を親密に感ずると感じないとでは雲泥の差を生ずる。
以前の台湾を知っているからではなく、現在の台湾を知ることによって親密の度は一層増すものと考える次第である。
古川 宏 FURUKAWA Hiroshi
by ayanokouji3 | 2007-12-22 14:36 | Comments(1)