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古川氏の「戦後71年の所感」に寄せる

 もし、皇太子殿下の御訪台が実現するとなれば、日本国内では右翼だけでなく、政治家や言論人の間からも反対論が巻き起こるかも知れない。靖国・尖閣問題に加え、南支那海問題等で、不測の事態が起こる事も充分予想されるからである。

 話は大正時代に遡(さかのぼ)るが、天皇の御不例で元老達の危機感は深刻だった。そこで考え出されたのが、史上初の皇太子外遊である。外遊によって各国王室と交流し、また著名な政治家や軍人達との会話を経験することとなる。ちょうど大戦後の欧州では戦勝国、敗戦国の消長やデモクラシー思想の拡大などを目の当たりにできるまたとない機会であった。

 皇太子をいきなり国際政治の檜(ひのき)舞台に登場させて、実践教育させようとは、さすがに白刃(しらは)のもとをかいくぐって明治維新をなしとげた元老達の大胆さであった。薩長両藩の指導者こそ、徳川治世の封建制を打ち破って未曾有の大変革を指揮し、近代国民国家に変容させるのに最大の貢献をした、新生日本建国の父とする歴史観を「薩長中心史観」、略して「薩長史観」と言い。薩摩藩出身の西郷隆盛と大久保利通、長州藩出身の木戸孝允の三人を称して「維新三傑」と呼ぶ。その長州藩出身の後継者が主として台湾の現代化のために啓蒙活動を行い、台湾文明の発展に貢献した。

 台湾における戦後清算とは、台湾の80代、90代老人が【箱入り】(大切にしまっておくこと。また、過去の思いを大切にしているもの)として来た大事な思い出を死ぬ前に何とか意味のあるものとすることに尽きる。国民党の不当な財産を没収することとは全然違うのである。李登輝元総統は言っている、台湾との併合により日本は世界一の大国になると。

李 叔徳

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by ayanokouji3 | 2016-08-14 21:23 | Comments(0)  

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