自虐史観を斬る(田中隆吉-2)

ところで、論語(子路第十三)にはこう記されている。
「葉公語孔子曰、吾黨有直躬者。其父攘羊而子證之。孔子曰、吾黨之直者異於是。父爲子隠子爲父隠。直在其中矣。」(父は子のために隠し、子は父のために隠すことに正直が備わっている)

自虐史観は「證之」どころか、無を有となし、小を大となし、白を黒となし、一を十や百となす。これは勝者の歴史観の如くして、実は敗残者のそれであり、強者に媚び、従属する売国奴的歴史観である。到底自立した人間の歴史観ではない。

ところで、共産主義社会というものは馬鹿正直が密告して、何(いず)れは粛清されるという不条理な世界であり、人民が情報操作の何たるかを知らず、踊らされる奴隷社会であるが、一方でそうした環境を快適に感ずる人達もいるに違いない。自虐史観というのはそうした人達の存在理由の一つであり、勿論これを完全否定することは出来ない。そうした見方を葬り去る程、我思考は硬直していない。

併(しか)しながら、自虐史観に怒れる男達の一人としては、『日本国憲法』を「不磨の大典」とし後生(ごしょう)大事に抱えたり、「国際連合(実は連合国)」を国際紛争解決の最高機関として崇(あが)めたりするような、一神教的な世界から、一日も早く日本国民を精神的に「解放」することが急務であると考える次第である。それなくしては、何時(いつ)までも、政府が無策だ、首相が説明責任を果たしていない、米国は当然北朝鮮からの脅威に対して日本を守る義務がある、などといった子供染みた、幼稚な発想に終始することになる。内輪でそうした議論をするのは致し方ないが、国際場裡の舞台にそうした時代錯誤的議論の内容が伝われば、他国の侮(あなど)りを一層受けることになる。これは全く日本の恥であると思う。全国の知識分子諸氏に猛省(もうせい)を促す所以(ゆえん)である。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

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by ayanokouji3 | 2005-06-15 21:38 | 自虐史観を斬る | Comments(0)  

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