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天安門事件16周年に思う

6月4日が来る度に、天安門事件のことを思い出す。

最近、当時12歳で、天安門の近くに住んでいたという中国人青年に話を聞いたが、銃撃等、すさまじい音がしていたという。正確な犠牲者数は今以て判らないようである。

規模は違うが、1992年4月、バンコクでクーデター騒ぎがあった。そのとき、小生は現地にいて、一晩夜間外出禁止となり、ホテルでじっとしていたことを覚えている。ヘリコプターが飛び、所々で銃撃の音も聞こえた。不安で、大使館に電話で聞いてみたが、何も判らないとのことであった。一夜明けて、国王が仲裁に乗り出し、収拾したことを知った。犠牲者は数百とも一千ともいうが、天安門事件同様、正確なところは判らない。

今後、地方の農民一揆のように隠蔽できるようなものではなく、大都市で外国メディア注視の下、天安門事件並の事件が立て続けに起これば、中共政府は終わりを告げることであろう。しかし、中国崩壊は日本にとって、一時的な経済的損失となる。経済界に覚悟は出来ているのか。中国が靖国云々で面子(メンツ)を問題にしている間、また、日本の親中派が中国贔屓(びいき)の発言を繰返している間は、崩壊しないと思う。体制が本当に危うくなるのは、中共政府に更に一層「徳」がなくなり、誰もが、また、どの国も同政府を相手にしなくなり、見放すときである。

古川 宏 FURUKAWA Hiroshi

by ayanokouji3 | 2005-06-02 23:37 | Comments(0)  

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