台湾人の存在について
2月7日に「台湾の存在について」記したが、昨今憂慮しているのは、小生の周囲に台湾人青年の姿が見えないことである。
昨日も中国人との或(あ)る集いに参加した。小生が幾度となく訪れたことのある福建寧徳の出身である青年2名と言葉を交わし、仏教を通じた日本との歴史的つながりに思いを馳(は)せた。
台湾人の青年諸君は何処(どこ)にいるのか。何故(なぜ)中国人に伍して活動する勇気を持たぬのか。日本では小生は台湾人と殆(ほとん)ど「無縁」の状態である。
日本人も国際社会の中では「無縁」となりつつあるようだから台湾人のことは云々出来ぬが、台湾・台湾人との絆が少しずつ薄れて行くような気がしてならない。
昨日も中国人との或(あ)る集いに参加した。小生が幾度となく訪れたことのある福建寧徳の出身である青年2名と言葉を交わし、仏教を通じた日本との歴史的つながりに思いを馳(は)せた。
台湾人の青年諸君は何処(どこ)にいるのか。何故(なぜ)中国人に伍して活動する勇気を持たぬのか。日本では小生は台湾人と殆(ほとん)ど「無縁」の状態である。
日本人も国際社会の中では「無縁」となりつつあるようだから台湾人のことは云々出来ぬが、台湾・台湾人との絆が少しずつ薄れて行くような気がしてならない。
古川 宏 FURUKAWA Hiroshi
by ayanokouji3 | 2011-02-14 19:58 | Comments(0)