宗教活動について-1
宗教活動に非常に熱心な若い中国人の知り合いがおり、最初は傍観していたのだが、最近はその信仰が本物だと感ずるようになった。
信仰を強くするということは精神の集中を要することから、そうした人にとって、名利(みょうり)を重んずる俗人とは異なって世の中が見えているのだろう。
俗人の場合、宗教と言えば御利益(ごりやく)を求めてしまうもので、御利益にあずかることが出来なければ、即、心が離れてしまうことが多い。
幸いにして小生の場合、出身地の影響で、如何(いか)なる宗教に対しても免疫があり、特定宗教への憧憬(しょうけい)・偏見・葛藤(かっとう)を生じたことは稀(まれ)で、「万教帰一(ばんきょうきいつ)」を以(もっ)て平静に見ている。
信仰を強くするということは精神の集中を要することから、そうした人にとって、名利(みょうり)を重んずる俗人とは異なって世の中が見えているのだろう。
俗人の場合、宗教と言えば御利益(ごりやく)を求めてしまうもので、御利益にあずかることが出来なければ、即、心が離れてしまうことが多い。
幸いにして小生の場合、出身地の影響で、如何(いか)なる宗教に対しても免疫があり、特定宗教への憧憬(しょうけい)・偏見・葛藤(かっとう)を生じたことは稀(まれ)で、「万教帰一(ばんきょうきいつ)」を以(もっ)て平静に見ている。
古川 宏 FURUKAWA Hiroshi
by ayanokouji3 | 2010-12-16 21:52 | Comments(1)